テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
港へ続く細い道は、海と空の境目を真っ直ぐに切り裂くみたいに続いている。波が桟橋の下にあたって、ぽちゃん、ぽちゃんと優しい音を立てていた。
翔太が、不意に歩みを緩める。
「……夏海、ちょっと話していい?」
その声の低さに、胸の奥で何かがきゅっと縮まった。
「うん」
返事はしたけれど、足が自然に止まってしまう。
「夏休みが終わったら、引っ越すことになったんだ」
潮風が急に冷たくなった気がした。
耳に届いた言葉はすぐに意味を持たず、しばらく胸の中でくるくる回っていた。
引っ越す? どこに? どうして?
質問は頭の中で膨らんでいくのに、口からは何も出てこない。
「親父の転勤で、県外。けっこう遠い」
翔太は笑っている。でもその笑みは、どこか力が抜けていた。
私は「そうなんだ」としか言えなかった。
自分の声が海に吸い込まれていくように、小さく、頼りなかった。
歩き出す翔太の背中を見ながら、ポケットの中の封筒を指でなぞる。
中には、勇気をかき集めて書いた手紙。
「好きです」の四文字が、こんなに重いなんて知らなかった。
港の匂いが、急に遠く感じる。
波の音はいつも通りなのに、心の中ではもう、夏が終わりかけているみたいだった。
翔太がふと振り返って、「桟橋、行く?」と聞いた。
私は笑顔を作って頷いたけれど、その笑顔が震えていたことに、きっと翔太は気づいていない。