「——先ほどは失礼しましたー」
謝罪を口にして頭を軽く下げてはいるが、アンズの顔には反省の色がまるで無い。『お二人にちゃんと謝れ』と従業員に言われたから謝ったといった雰囲気が否応なしに伝わってくる。当人は悪い事をしたと一切思っていないのだろうからこの態度になってしまうのは致し方ないのだろうが、相手が鈍感を絵に描いたようなルスじゃなければ更なるトラブルに発展していそうだ。
「あ、頭を上げてください」
困り顔でルスがそう口にすると、つらっとした顔でアンズが「はーい」と言って頭を上げ、「で!オーダーメイドの件ですがー」と、この流れをぶった斬って無理矢理話を欲望のままに引き戻した。
「そういえば、彫金にご興味があるみたいでしたけど、お二人の結婚指輪とかですかー?」
どちらも指に何もつけていない事に気が付いたのだろう。『結婚指輪』は異世界からきた文化だ。なのでまだ浸透し切ってはいないから僕らは着けていないが、夫婦間の贈り物として若い層に人気があるらしい。所有の証にもなるし、独占欲を満たすには丁度良い品なのだろうな。
(結婚指輪、か。心を掴むのには悪くない案なのに、馴染みが無いせいで完全に失念していた)
「あ、いえ。ワタシ達の品じゃなくて、伝書鳥への贈り物が欲しくって」
両手を軽く横に振ってルスが要望を伝える。期待していたわけでもないのに、何故だかがっかりした気持ちになった。こういった類の感情の出所が不明なままなせいか妙に居心地が悪くなる。
「なるほどー。じゃあ、応接室で色々要望をお聞きしてもいいですかー?今はお時間が無いみたいでしたら、そちらのお宅まで今夜にでも、今夜にでも!伺っても、こちらは構いませんよー」
腰に巻いているワーカーズポーチからスケッチブックとペンを取り出し、何故かは知りたくもないが、ルスが生まれた世界で昔人気だったらしい使い捨てのカメラまでアンズが持っている。
「「今、お願いします!」」
二度重ねられた『今夜にでも』の言葉のせいで嫌な予感しかせず、ルスと僕は同じ言葉を同時に叫んだ。
場所を移し、店の奥にある応接室まで案内された。ゆったりとしたサイズの二人掛け用ソファーが向かい合うようにして置かれていて、その中央には大きめのテーブルがある。デザインを描きながら打ち合わせる事が多いのか、応接室向けの物としては高さのあるテーブルなので、ちょっとちぐはぐな印象のある部屋だ。部屋の奥には大きな窓があるが、差し込む日差しはレースのカーテンのおかげで柔らかい。観葉植物や花なども飾っているからか室内には少し甘い香りが漂っていて、その匂いを敏感に嗅ぎ取ったルスが鼻をひくつかせながら周囲を見渡した。
「あぁ、すみません。すぐ隣に給湯室があるんで、常備してあるお菓子やらお茶の匂いがこっちまできちゃうんですよねー。媚薬効果のある香りをご用意出来ていたら発情しちゃって楽しかったんですが、そっちの方は、次回までに作っておきますねー」
「結構だ!」
キッパリと断ったのに、アンズには両手を合わせて「んー!楽しみですねぇー」と言われた。こうも言葉が通じないと『だから、僕らにはいらない。不要だ』と、改めて言うことすら面倒になる。
「あ、あの…… 彫金の件、何ですけど」
ルスはすっかりアンズが苦手になったのか、口を開く度に声色に怯えが混じっている。視線も極力逸らしている事を考えると、変態発言のせい…… だけとは思えない。討伐ギルドで会った三人の受付嬢を前にした時とは随分と対照的だ。もしかしたら僕がまだ知らないだけで、彼女達とも最初はこんな感じだったのかもしれないな。
(…… ずっとその距離感でいてくれたらいいのに)
自分の考えを否定するみたいにかぶりを振っている僕の横で、ルスは本題に入った。
「こう、鳥の足にアンクレットみたいに着ける事が出来る飾りを、お揃いで二つ、作ってはもらえませんか?」
「確か、伝書鳥へのプレゼントでしたよねー」
「あ、はい。番になったお祝いを贈りたいなと思って。やたが…… 大きめの烏とシマエナガの二羽なので、大・小とサイズ違いでお願いします」
そう言って、手で『このくらいのサイズの子達』だとルスがアンズに伝える。
「…… 烏の方が随分と巨体ですねー。お二人並みの体格差カップルですかー。同じ鳥同士とはいえ、烏とシマエナガとではそもそも種族も違いますし、よく番にまでいきつきましたねー」
当然の疑問だが、ヤタにかかれば何一つとして問題は無い。どうせ僕があげた空間内でヒト化してからユキを言い包め、交尾を迫っているんだろう。こちらが祝う前に『子供が出来た』という報告が先になってもおかしくないくらい、あの子ならヤリまくっていそうだ。
「種族を超えるくらいに好きなんでしょうね」
「そうですねー。素敵ですー!これは気合を入れないとですねー。デザインは拘束具みたいな感じにしますかー?足枷をベースにしてもいいですよねー」
「いや、あの…… 普通に、太めのアンクレットとかでお願いします」
引き気味のルスに、『もう既にあの二羽は鎖で繋がっているから、追加の拘束具は不要だもんな』と言いたくなったが、ぐっと堪えた。決して羨ましい気持ちをも隠そうとした訳じゃない。
「そうだ、何も効果を付与していない魔法石をそれぞれに一個づつ埋め込んでもらえるか?」
「空っぽの魔法石を、ですかー?」
「あぁ。付与魔法は僕が自分でかけるから、そのままで」
「わぁー。旦那さんの方は付与師系の職種なんですねー。杖の一振りで百体惨殺もちょろいって風貌だったので、攻撃系の魔法使いか、ただならぬ気配もあるのでアサシン系かと思っていましたー」
あながち間違いじゃない辺りが恐ろしい。ルスの件といい、勘がいいタイプなのかもしれない。
「…… ふよ、し?」と言って、ルスが首を傾げた。『何それ?』と顔に書いてある。
「えっとですねー、空っぽの魔法石に魔法の効果を付け加えるお仕事をしている人達の総称ですよー。様々な魔法や効果を閉じ込めておける魔法石はもはや生活に欠かせない物なので当然初級クラスの人達ならこの町にもそこそこ居ますが、戦闘にまで出られるクラスとなるとほんの一握りしかいないらしいので——」とまで言って、アンズの言葉が途切れた。
「…… あれ?旦那さんって、もしかして、その“一握り”さんですかー?」
「…… 」
別に秘密でもなんでもないのだが、素直に『そうだ』と答えたせいで町中に話が広がると、大都市からの勧誘話などが上がって面倒事に発展しそうで悩んでしまう。
魔法石への魔法付与は、先程アンズが話していた通り、初級クラスだと生活に密着した類の魔法を。中級だと、媒体となる魔法石を身に付けている者に対して戦闘能力アップの効果を与えたりする事が可能となる。
上級クラスにもなればそういった媒体を必要とせずに仲間を強化し、尚且つ敵に対してダウン効果を付与出来るようにもなるのでとても重宝される存在なのだが、如何せん上級にまでなれる人材はほぼいない。元々、希少職であるヒーラー以上に少なかったのに、『敵に回すと面倒な魔法を使うから』という理由で六年前の戦闘時にほぼ惨殺しておいたので、僕のせいで今では見事に絶滅危惧種状態なのだ。だからもし勧誘騒動になったとしても自業自得なのだが…… 避けて通れる騒動ならば、回避したいのが正直な気持ちだ。
「じゃあ、ゴブリンの遺体回収なんかに使っている魔法石も、何かの魔法が付与された物なんですか?」
「多分そうだと思いますよー。私は戦闘職じゃないのでお目にかかった事はありませんけどもー」
「じゃあ、前にスキアはサポート系が得意だとは言ってたけど…… 。そう、なの?」
ルスにそう訊かれると、思い付きの嘘を言って誤魔化す気が失せてしまう。彼女を騙すのは最後の最後に取っておいきたいから、だ。絶対にそうだ。
「——ッ」
言葉を喉に詰まらせたままでいると、「無言は肯定、ですねー」と言ってアンズが両の手を祈るみたいに組んだ。
「素晴らしいラインの雄っぱいや垂れ目がちな美しい目のラインから色気ダダ漏れなオジサマってだけじゃなく、希少職同士のカップルだなんて、本当に素敵ですねー。もうお二人の存在自体が尊過ぎて、心も体もこのまま溶けちゃいそうですー」
赤く染まる頬を両手で覆い、瞳孔をハートにしていそうな程に瞳を蕩かせながら、「はぁはぁ」と息を荒げるアンズの姿はもうただの痴女だ。
「コレはもう、全力でお二人の装備全てを作らせて頂きますよー!もちろん、伝書鳥達の装具もおまかせをー。抜かりなくご夫婦のエロ下着も用意しますから、奥様に精力を回復され続けながら体格差えっちもたっぷり楽しんで下さいねー」
(こわっ!)
長く生きてきたから嫌でも変態共とも散々関わってきたが、アンズはその中でも五本の指に入りそうだ。
遥か昔の憑依対象の中には『俺が他の奴らとセックスするところを、側で全て見ていてくれ!』と頼んできた奴がいて、当時手に入れた肉体を即座に諦め、『もういっそコイツを今すぐ殺してしまうか?』と思った程に気味が悪かったが、その時と同じで、他人事じゃないせいで余計にそう感じるのかもしれない。
「あ、ご安心をー。お持ちの能力を断言しない時点で色々お察ししますので、公言は絶対にしませんよー。不安でしたら、契約の魔法石に誓ってもいいですしねー」
ど変態ではあるものの、一応は良識もあるみたいだ。
「なのでー、この先のお二人の衣類は全て、す・べ・て!私に作らせてはくれませんか?穴あきのショーツや、雄っぱいを綺麗に飾る男性向けのブラだって、ご要望通りに作っちゃいますよー」
(…… 全力で、断りたい)
つい、すんっと冷めた顔になってしまう。そんな僕の横で、ルスも感情の一切読めない表情をして無言のまま固まっていた。