テラーノベル
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遅めの昼食を済ませると、誕生日プレゼントがあると言われて、電車に乗った。
あれ、この景色……。
「亮介、どこいくの?」
「いいとこだよ」
それ以上、亮介は何も言わなかった。なんだろう、プレゼントって。
なじみのある路線、なじみのある駅。
借家の最寄駅で、ふたりは電車を降りた。「ねぇ、どこ行くの?」
手をつないだまま、亮介は黙って借家のあった方へ歩いていく。
坂を登ると、借家のあったところが見えてきた。もうすっかり建物は取り壊されて、庭の数本の木を残すのみで空き地となり『管理地』の看板が出ていた。
あぁ、もう売れてしまったんだな──
仕方のないことだけど、さみしさで胸がキュッとなる。
「こっち、きて」
亮介は仕切ってあったロープをまたぐ。
「でも……勝手に入っていいの?」
「大丈夫だから」
言われるがまま、未央もロープをまたいで一番奥のフェンス際まで歩いていく。相変わらず、ここからの景色はきれいだ。
「やっぱいいね、この景色すきだな」
日光があたって、ほのかに温かい。もうここへは来られないと思っていたから未央はすごくうれしかった。
「未央、あの……誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「プレゼントなんだけど、ここなんだ」
「ここ?」
ここって? ここ? この高台の……
「大家さんに頼んで、買い取らせてもらったんだ。よかったらあのマンション出て、ここに家建てて住まない? もちろん未央がよければなんだけど……」
亮介はちょっと申し訳なさそうにうつむきながら話を続けた。「家のことって、ほんとはふたりで相談することだと思うし、勝手なことして申し訳ないと思ってる。もし嫌だったら運用もできるかなとは思ってるんだけど……」
未央は目から涙がこぼれるのを止められなかった。亮介は泣き出した未央にギョッとする。
「ごっ……ごめん、やっぱりこんなプレゼントいやだったよね──」
未央は亮介に抱きついた。
二度とみられないと思っていたこの景色。
静岡で祖母と過ごした思い出に、いつでも帰れるこの場所。お父さん、お母さんのいる空がよく見えるこの場所。
「亮介、ありがとう。ありがとう」
「よろこんで……る?」
未央はぶんぶん首をたてに振った。
「ありがとう、ありがとう」
「未央……」
亮介は未央の頭をそっとなでる。唇が重なって庭の木がサワサワと揺れた。