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翌朝、館内の掲示板の前に人だかりができていた。いつもは出勤表や納品予定が貼られる場所に、今日は妙に大きな紙が一枚ある。セルマの署名入りだ。
《保管庫から消失した出納控えおよび鍵の複製記録に関する有力な情報へ、報奨金を支払う》
ざわ、と空気が荒れる。金額は小さくない。裏方の何日分もの手当てに相当する額だった。
「そこまでやるんですか……」
ディアビレが呟くと、近くの使用人たちが目を合わせるのをやめた。誰かを疑う視線、疑われたくない視線、金額に揺れる視線。たった一枚で、館内の空気がぎすぎすし始める。
グラツィエラは掲示を読んだ瞬間に顔をしかめた。
「帳面より、先に人心が壊れるやり方ね」
ダービーも低く言う。
「焦ってる証拠だ。何か、見つかる前に見つけたいんだろう」
その時、廊下の端で小さな悲鳴が上がった。振り向くと、アネミークが青ざめた顔で立っている。腰のあたりに差した鍵束を押さえようとして、逆にエプロンのポケットから紙切れを落とした。
ひらりと床へ落ちたのは、薄い紙に鉛筆で写し取られた鍵穴の型だった。
全員の視線がそこへ集まる。
「ち、違うの」とアネミークはかすれた声で言った。「私、盗んでない、そんなつもりじゃ……」
セルマがいつの間にか背後に立っていた。笑っているのに、目がひどく冷たい。
「まあ。どういうことかしら」
アネミークは唇を震わせたまま言葉を失う。ディアビレは反射的に一歩前へ出たが、ジナウタスの手がそっと肘を止めた。
「まだだ」
低い囁きが落ちる。けれどその目は、もう十分に険しかった。
掲示板の紙が、潮の入る廊下の風でかすかに揺れた。報奨金の額より大きいものが、いまこのホテルでは動き始めている。
#海辺の町