テラーノベル
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無人の旧庁舎に到達すると、外気よりもさらに冷えた空気が二人を包んだ。ラッセルが軍用の認証器を使い、古びた数字ロックを解除する。カチリ、と音を立てて錠が外れると同時に、自動電灯が淡い光を放ち、埃舞う室内を照らし出した。官邸から集められたであろう廃棄物や家具が整然と仕分けられて積まれていた。
その隣には、黒々とした口を開けた焼却炉。
まるで何かを“喰らった”直後のように不気味な沈黙を保っていた。
さらに奥、赤黒い瞳を象った一つ目の意匠が刻まれた重厚な鉄扉が目に飛び込んできた。
ただの装飾ではない。誰かが「ここは踏み入れるな」と言わんばかりの威圧を込めている。
ラッセルとカザンは無言のままその視線に射すくめられるような感覚に囚われ、思わず背筋を冷やした。
「なんだ、気色悪い扉だな……誰があんなデザインを?」
カザンが乾いた声で呟く。
「この奥に、知られてはならない、部屋があるな」
ラッセルの声は低く硬い。
「まずは、このゴミ庫から探すぞ。壊れた鳩時計と注射器を。……そして、あの扉の向こうも」
二人は目を合わせ、わずかに頷き合った。
「ガサリ、ガサリ――」
手袋越しにゴミ袋を漁り一つひとつを確認していく。
紙屑、古びた制服、折れた筆記具……。
重苦しい沈黙の中、秒針のように冷たい時間だけが過ぎていった。
「……これだ!」
ラッセルの声が弾ける。
当たりの袋が見つかったのだ。
壊れた鳩時計、注射器、通信端末、スメラのバッグ、IDカード、化粧品、手帳、ペン。
そして、防水パックに封じられた一片のメモ。
さらに丸めて押し込まれた紙屑を広げると、そこには国王陛下へ宛てられた直訴状の筆跡が残されていた。インクは滲み、ところどころ破かれていたが、文中の「リヴァン」「クローン個体」「国家転」という文字が辛うじて読み取れる。
ラッセルは宝を掘り当てたように目を輝かせ、久しぶりに明るい声をあげた。
「カザン! 見つけたぞ!」
その響きは、長い絶望の闇に差し込む光のようだった。
ラッセルは注射器を拾い上げた。
「これで、スメラの居場所と生存が確認できる……」
ラッセルはすぐにタブレットを展開し注射器のロット番号を入力。
軍部のサーバーへアクセスする。
冷たい光の中で、国土の地図が立体投影され、
やがて座標点がはじき出された。
青なら生存。灰色なら死。
ラッセルの心臓は、祈るように高鳴った。
「どうか、ラッセルの友人が生きていてくれ……」
カザンは祈った。
次の瞬間、画面の一点が淡く青く点滅した。
「青だ! 生きている!スメラは生きているぞ!」
ラッセルは歓喜に震える声で叫び、カザンの手を固く握った。
二人の握手に重なるように青い光が地図上で瞬き続けていた。
まるで、スメラ自身が「まだ希望はある」と告げているかのように。
そして、ラッセルは震える指で、防水パックからスメラが残したメモをとり出し開いた。
ーーーーーーーーー
ラッセルへ
リヴァンが首謀し、イザリオ王子・エルファーナ王女の“代替案クローン計画”が進行中です。
私は首相府官邸のマラー秘書室に潜入し、そのファイルを抜き取りました。
光結晶チップは、私の秘書部屋の鳩時計に隠してあります。
あなたが気付いてくれると信じています。
ラッセルは否定するかもしれないけども、リヴァンが禁断の“赤黒い目”に侵され、
すでにその力を利用していると思うの。
このままでは、彼自身も、王国も破滅へ向かいます。
これから国王陛下に直訴するため、
バルティス様の保有するファイルに転送を試みます。
けれど、もし私が失敗したときのために、この証拠をあなたに託します。
光結晶チップにはすべての証拠データを保存済み。
私に、何かあったなら、リヴァンに宿る“赤黒い目”の力を止めて元のリヴァンに戻して上げて。
そして、彼に罪を償わせて。
スメラより
ーーーーーーーーーーーー
ラッセルはメモを読み終え、静かに目を閉じた。
「失敗なんてしていないさ。スメラ、君は生きている。
そして、君が命を張って掴んだ証拠を俺が見つけたのだから」
彼はメモを丁寧に折り畳み、汚れた首相秘書官のIDカードを拭い取ってポケットに収めた。
そこに残る彼女の笑顔は胸の奥で燻る誓いの火をさらに強くする。
(必ず見つけ出す。たとえ、その先にどんな闇が待っていようとも)
(だが……赤黒い目は寓話だろう)
(リヴァンは“赤黒くなるのは親譲りの体質だ”と笑っていたはず……)
(もし、寓話が本当だとしたら……)
「ラッセル!これを見ろ!」
カザンの声に振り向くと、彼は壊れた鳩時計の奥から光結晶チップを取り出していた。
ラッセルの端末に挿入し解析を開始する。
沈黙のあとファイル名が次々と浮かび上がった瞬間
二人は同時に息を呑んだ。
「……なっ」
「何だ、これは……!」
声が重なり、冷たい倉庫にこだました。
二人の視線が合う。
「決定的な証拠だ。……リヴァン首相が、イーサム王国を裏切っていた」 カザンの呟きは震えていた。
「なぜだ……なぜだ! リヴァン!」 怒声を上げた瞬間、ラッセルの脳裏に、かつての日々が奔流のように蘇った。
青年期の夜――。
下町の小さな酒場。油灯の下で、安酒を酌み交わした四人。
「俺たちで国を変えよう。争いのない世界を作る。
泣く子どもを、もう二度と出さないために」
真っ直ぐに語ったリヴァンに、ラッセルは本気で未来を託せると信じていた。
「もちろんだ。俺は剣で護る」
杯を掲げた自分の声に、
スメラもカーンも力強く応じて四つの杯が鳴り合った。
その音は確かに未来を約束する響きだったのに。
さらに、官邸でのあの日――。
魔物討伐任務を終えて戻ったラッセルに、
リヴァンは自ら歩み寄り、肩を叩いた。
「よくやってくれた。君たちの働きがこの国を支えている。ラッセル、幼馴染の友がこうして活躍してくれている事に誇りに思うぞ」
その一言が胸に染み、剣を握る誇りを確信した。
この国を安心して託せられると、そう思った筈なのに……。
「リヴァン、……お前は、……俺たちの誓いを、なぜ踏みにじった!」
腹の底から大声をだし、備蓄倉庫内に響き渡る。
怒りが、心の中で波となって押し寄せる。
もう、何もかもが裏切られたように感じた。
「ラッセル、落ち着け、先ずスメラを捜索するのが先決だ」
「ああ、分かっている。スメラを探し出し、リヴァンを問い正す」
だが、ラッセルの胸にわだかまる怒りはどこにも収まることがない。
裏切った友に彼は冷静を保つことができなかった。
ラッセルは自分自身に言い聞かせるように呼吸を整え落ち着かせた。
「スメラは、今どこにいる……」
ラッセルは青く点滅する座標を睨みつけた。
その光は“生存”を示しているはずなのに、どこか揺らいでいた。
「地下迷宮」
ラッセルの声は低く凍り付く。
「知っているのか?」
カザンが問う。
「帝国が生物兵器を製造していた跡地だ。
地底湖と洞窟網、そして帝国が生み出した最強の魔物《ギル・グラギラス》。
数年前、討伐は叶わず、坑道を爆破し封印扉で閉ざしたはずだったが……」
二人の視線は、廃墟の奥にそびえる異形の扉へ吸い寄せられた。
赤黒い一つ目の意匠、それはまるで意思を持つかのように睨み返してくる。
「あの扉の先が、地下迷宮に繋がっているのかもしれない」
カザンはごくりと唾を飲み込んだ。
そして、二人で息を合わせるように、その扉をゆっくりと開いた。
だが、そこに広がっていたのは拍子抜けするほど整然とした防災備蓄倉庫だった。
天井はくり抜かれて、黒いバイオハザードボックスが規則正しく並び、
災害時用ロボが眠るようにカプセルに収まっている。
二階・三階には非常食や生活物資が壁を埋め尽くし、
整いすぎている光景が逆に不気味さを際立たせていた。
「隠しているな。……これはただの倉庫じゃない」
ラッセルが低く呟く。二人は備蓄倉庫のさらに奥へ進んだ。
岩肌が剥き出しになり、整備された通路が地下へと続いていた。
頭上からは、鍾乳石から水が滴り落ち整備された道に水が流れ込み奥に続いていた。
ラッセルがふと隅に目をやると《ガーディアン・ライダー》が駐輪されていた。
王国警備隊にのみ配備された二人乗りのサイド付特務型浮遊バイク。
白バイを思わせる鋭いフォルムにエルフ鉱石の反重力ユニットを搭載。
舗装路でも崩落した地下でも数センチ浮いて走る。
サイドには武器フォルダ。サイド席からは銃撃も可能。
まさに「剣と銃と速度」を両立させた戦闘機だった。
それに二人は乗り込み地下道を走ったが、数百メートル先で道は崩落し塞がれていた。
「やはり封印か……」
カザンが落胆する。
「待て。黒い箱はこの倉庫に運ばれたあと、痕跡が消えている……」
ラッセルは周囲の水音に耳を澄ませながら記憶を辿った。
「思い出したぞ! 水を媒介にした転送装置“アクアゲート”だ。
まだ仕組みが残っているかもしれん。カザン、戻るぞ」
洞窟倉庫内
「これだ」
ラッセルが指をさす。
岩壁に囲まれた空間の中央に人工的に切り拓かれたプールが広がっている。
水面は鏡のようにゆらめき青白い光が反射して天井の鍾乳石を淡く照らし出していた。
その影は洞窟の壁を波打たせ、まるで生き物がうごめくように揺れている。
水際には、ベルトコンベアーと制御端末ボックスが据え付けられ、
赤いランプが規則的に点滅し水底の門番のようにゲートを監視している。
「この転送装置を使えば、スメラのいる場所へ行けるのか?」
カザンが息を呑む。
「ああ。……だが一度入れば戻れない。地下道の封鎖を解けば魔物が首都に溢れる」
ラッセルの声は低い。
「エルフ・バリアがあるだろ?」
「今の力価ではギル・グラギラスには効かない……」
カザンが顔を曇らせる。
ラッセルは拳を握り、青白く光るプールを見つめた。
(飛び込むべきか。いや、まだ準備もなくあまりにも無謀すぎる。だが、スメラは今、この先にいる)
「カザン、手伝ってくれ。スメラに物資を届ける」
「よし。ラッセル。おれは、食料品、生活用品を詰めるぞ」
荷物カートに目を向け、携帯食料、水筒、応急薬スメラが得意な武器と盾を黒い箱に詰めた。
そして、ラッセルはメモ帳を開き短く書き記す。
『スメラ。必ず迎えに行く。信じて待っていてくれ。ラッセル』
防水バッグに入れ、黒い箱の中に収めた。
アクアゲートの端末を操作すると、コンベアが動き箱は水面に滑り落ちる。
波紋が広がり、吸い込まれるように消えていった。
「スメラ、受け取ってくれ」
祈るように呟いた瞬間プールが青白く輝き黒い箱は水中で消えた。
だが、その直後。倉庫全体に、けたたましい警報音が鳴り響いた。
監視システムが作動したのか、それとも転送装置そのものが異常を感知したのか。
二人の胸に、冷たい緊張が走った。
その頃、マラーとゼムは業務の打ち合わせをしていた。
警備ホログラムモニターが赤く点滅し無機質な音声が響いた。
【警告:地下備蓄倉庫アクアゲート・システム作動】
「アクアゲート?」
マラーは椅子から身を乗り出し冷ややかに目を細めた。
「誰だ。この時間にシステムへアクセスしたのは」
ゼムが慌てて端末を操作する。
防犯カメラの映像に映りこんだ作業服姿を凝視し声を震わせた。
「テックマッチックエージェンシーの作業員が二名?
いえ、偽装です! ヴァルクのIDが不正使用されています!」
「ラッセルか。嗅ぎつけて乗り込んできたな」
マラーの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
「もう一人は……カザン記者か。飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ」
マラーはゆっくりと立ち上がり、ホログラムに指を走らせる。
「ドローン隊、災害用警備ロボ、護衛モンスターを展開しろ。逃がすな。生きて戻らせる必要もない」
「首相閣下への報告は?」
「不要だ。偶発的な事件として処理する。リヴァン様の手を煩わせぬことこそ、我々の務めだ」
ゼムは息を呑み、頷いた。
「承知しました」
その指がホログラム上の緊急スイッチを強く叩いた瞬間。
【緊急警備システム、起動】
冷たい電子音とともに地下全域の警告灯が赤く染まった。
災害用警備ロボ、昆虫を模した鉄の警護用モンスター一体がカタカタと鉄足を鳴らし迫る。
警備用ドローンも一斉に起動した。
「来るぞ、カザン!」
「カザン、ガーディアン・ライダーに乗り込め!」
#恋愛
ばたっちゅ
20,045
桜城
308
#ファンタジー
comi
4,709
コメント
1件
うわああ第18話めっちゃ熱かった!!😭💕 スメラ生存確認できて本当に良かった…!でもリヴァンの裏切りが明らかになって、昔の誓いのシーンと重なるのが切なすぎるよ…。ラッセルの「なぜだ!」の叫びが胸に刺さった。アクアゲートで物資送ったの尊いけど、最後の警報ヤバすぎて続き早く読みたい!!🌸