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自分の喉元に短剣を当てたティアだが、寸止めをするつもりだった。そうすれば国王が何らかのリアクションを取ると思っていたから。
だからティアは、自分の手首を掴んだのは、耐え切れなくなったグレンシスが止めに入ったのだと思った。
けれど、現実は縁もゆかりもない宰相が、物凄い力でティアの手首を掴んでいる。
動きにくい服を着ているのに、随分と素早い身のこなしだ。
(そんなに怖い顔で睨まなくても……)
ユザーナをまじまじと見つめるティアは、ただ驚いているだけ。
しかしユザーナは、違う意味に受け取ってしまった。
「これを離しなさいっ」
「痛っ……!」
ユザーナが更に掴む力を強くすれば、ティアはあまりの痛みに耐え切れず短剣から手を離した。
高価でフカフカな絨毯は、ぽふんっと包み込むように短剣を受け止める。
それをティアが目視する前に、頭上からユザーナの怒り声が降ってきた。
「どうしてこんなマネをしたんだっ。私が止めるのがあと、一歩遅かったら、君は怪我を……最悪、死んでいたんだぞ!!」
頭ごなしに怒鳴られて、ティアはとても不機嫌になる。
「いえ、死にませんよ」
売り言葉に買い言葉に近い勢いで、ティアは言葉を重ねた。
「誰も死ぬなんて言ってないじゃないですか」
「傷をつけること自体が駄目だと言ってるんだ!!」
「っ……!」
聞き分けのない子供のように叱られ、ティアは目を白黒させるしかない。
そんなティアとユザーナのやり取りを国王は肩を震わせながら傍観し、バザロフとグレンシスは「あーあ」と言いたげな表情を浮かべている。
「君はわかっていないっ。移し身の術は、本人には使えないんだっ。そんなことも知らずに」
「あ、いえ、知っています」
血相変えて言い募るユザーナに、ティアはとうとう我慢できず冷静に片手を上げて制した。
「ん?」
些末なことかもしれないが、ユザーナは正確には『ん゛?』と言った。
とても苛ついているようだが、そのユザーナの態度が返ってティアを冷静にする。
ティアは、ヒリヒリと痛む手首を反対の手で撫でながら口を開く。
「私、はなから死ぬつもりなんてなかったです」
「……と、いうと?」
ユザーナは短い間でティアの言葉を理解しようと頑張ったけれど結局、答えを見付けられず回答を求めることにした。
対してティアは、ちょっとバツが悪そうに頬をぽりぽりと掻きながら、ユザーナに答える。
「えっと……なんか王様が一計を案じているようでしたので、便乗したまでです」
「は?」
「は?と聞かれても、実は私も詳しくは知らないんですけど……どうやら王様は、宰相さまを騙そうとしていたようなんです」
そう言った後、狐につままれたような顔をするユザーナに、ティアは肩をすくめてみせた。
ちなみに、ティアはユザーナの質問に答えながら、じりじりと後退していた。
そうすると、口元に手を当て、必死に笑いを堪える国王陛下とか、やれやれと言いたげに片方の頬を持ち上げているバザロフとか、言葉にできないほど変な顔をしているグレンシスとかが視界に入る。
少なくとも3人にとって、これは想定外の出来事ではないようだ。国王の表情を見るかぎり、謀が成功したともいえる。
ただティアは、なぜこれが国王にとって正解なのか意味がわからない。
でも他の者は状況を理解しているようで、ユザーナはみるみるうちに眉間に皺を刻んだ。
「まったく、お前はつくづく頑固者だな」
ユザーナが何かを言う前に、国王の声が謁見の間に響いた。
「私をこんな悪人に仕立てるなど、ウィリスタリア国広しといえど、お前だけだぞユザーナ。感謝しろ。感動の再会を演出してやった私に」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ始めた国王陛下に、ユザーナは「そんなこと頼んでいません」と吐き捨てる。
その間、ティアは二人の会話が理解できず、ぽかんと突っ立っていることしかできない。
そんなティアに向け、国王は柔らかい笑みを浮かべた。
「ティア、お前の本当の名はティア・ノスタリビア。そして、この宰相の名は、ユザーナ・ノスタリビアだ」
「……は?」
点と線が上手いこと繋がらず間抜けな声を出すティアに、国王陛下は表情を生真面目なものに変え、ゆっくりとこう言った。
「ここにいる宰相が、お前の父親だ」
「!!!!」
国王の言葉があまりにも衝撃的で、ティアは息さえできなかった。
喘ぐような呼吸をしながらティアは、ユザーナを二度見する。
「わ……私の……お父さ……ん?」
誰に向けて問うたか、ティア自身わからなかった。
だがユザーナは、ひどくゆっくりと、まるで痙攣したかのように小さく頷いた。
「……先ほどは勘違いをしてしまい、本当に失礼した」
国王の策略を知らなかったユザーナは、なにも悪くない。
なのにティアを乱暴に扱ったことに対して、深い後悔を抱いていることがその表情でわかった。
「あ、いえ。私こそ……」
ごにょごにょと歯切れの悪い言葉を紡いだ後、ティアは沈黙する。
申し訳ないが、あまりに突然すぎて、感動は皆無。驚きしか浮かんでこない。
恋愛に疎く一生独身宣言をしているティアとて、子供がどうやったら生まれるのかくらいは知っている。
だから自分が生まれるには、母親と父親が必要なことも。
でも自分の人生において、父という存在はバザロフだ。血縁関係はなくても、似ていなくても、それでもバザロフだけだった。
なのに、いまここに、本当の父親がいる。
瞬きをゆっくりと繰り返すティアの心の中では、様々な感情が津波のように襲っている。
「ふっ……驚くとゆっくり瞬きをするのは、父親に似たんだな」
堪えきれないといった感じで薄く笑った後、可笑しそうに目を細める国王を見て、ティアはすぐにユザーナに視線を移す。
ユザーナは嬉しいような悲しいような、それでいて拗ねているような感情が複雑に混ざっているようで、表情はいまいち読めなかった。
でも、これだけは間違いなくわかる。
この国で最たる存在は、ユザーナと自分に向けて一計を案じていたということ。
つまり短剣を喉元に当てようとした時点で、自分はフラグを立てていたのだ。
まんまと嵌められて悔しい気持ちはあるが、アジェーリアが時折見せた”してやったり”という表情と同じものを浮かべる国王を見て、こう思った。
この親にして、この子あり。
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