第4話 海へ向かうバス
一人旅の女性、佐倉楓。
二十代後半、肩口で切りそろえた黒髪ボブに、小ぶりなシルバーのピアス。
白いブラウスにデニムを合わせ、リュックを背負った姿は、旅慣れているようでどこか寂しげだった。
帰宅後、彼女のポストに届いた赤いきっぷには「バス」とだけ印字されていた。
気まぐれに乗った路線バスは、観光案内に載らない細道を進み、やがて車体ごと潮風に包まれはじめる。
窓の外には海岸線。だが道路は海に向かってどんどん狭くなり、まるで海そのものへ沈んでいくようだった。
楓以外の乗客は、無表情の老人たち。皆、手に同じ赤いきっぷを握りしめ、唇を動かすが声は出ていなかった。
やがてバスは波打ち際で停車した。
降りた楓の目の前に広がったのは、夕暮れの水平線──そこに、巨大な客船の影が漂っていた。
錆びた船体は穴だらけで、灯りはついていないのに、確かに中から人のざわめきが響いてくる。
老人たちは迷いなく船へ向かい、海を歩くようにして姿を消していく。
楓は立ち尽くしたまま、赤いきっぷを強く握った。すると切符の文字がにじみ、知らない地名が浮かびあがった。
「……まだ行けってこと?」
次の瞬間、背後でバスのドアが開いた音がする。
振り返ると、運転手の顔が“塩水でできた仮面”のように崩れていた。
赤いきっぷだけが、彼女の手の中で乾いた音を立てて裂けた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!