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河沿いのベンチで、夜風が二人の間をすり抜ける。遥は膝を抱えたまま、視線を水面に落とす。胸の奥でざわつく感情を押さえ込み、冷たい風を理由に震えを隠した。
日下部はその横に立ったまま、言葉をかけずにじっとしている。
それだけで、遥の胸はまた微かにざわつく。怒りでも、悲しみでもない、でも痛みを伴う感覚。
「……やっぱ、俺なんか、どうせ」
吐き捨てるように言葉が出る。自分で自分を切り裂くように。
日下部は膝をつき、遥と目線を合わせる距離にしゃがみ込む。
「……もう、放っとかない」
低く抑えた声に、怒りも哀しみも混ざる。だが、口調は強くない。訴えのように、ただそこにあるだけだ。
遥は顔を背ける。見られることが怖い。
「……おまえに、何がわかるってんだ」
自分でもよくわからない怒りをぶつける。過去の裏切りや自己否定、孤独。すべてを押し込めていた感情が、わずかに表面に出る。
日下部は手をゆっくり伸ばす。膝にかけていた腕を緩め、そっと肩に触れる。
「……信じろとは言わない。ただ……ここにいる」
その声は優しいけれど、どこか焦燥を含んでいた。
遥の体が一瞬硬直する。触れられることに、拒絶の衝動が湧き上がる。
「……触んな……」
吐き捨てるように言う。だが、その声の裏に、少しだけ震えが混じる。
日下部は手を引かず、ただそっと体温を伝えるように肩に触れ続ける。
「……俺は、逃げない」
短く、しかし強い決意を感じさせる言葉。
遥は胸の奥で何かが軋むのを感じた。
“どうせ、誰も守らない”という思いと、“でも、今ここにいる”という感覚が衝突する。
小さく、でも確かな手の温もりが、遥の心の奥に届く。
“怖い……でも、少しだけ……預けてみたいかもしれない”
その思いに気づいた瞬間、遥は肩の力を抜くこともできず、ただ膝を抱えたまま震えた。
日下部はその微かな動きを逃さず、さらにそっと体を近づける。
「……離れない」
言葉は短い。だが、存在だけで伝わる確かさがあった。
遥は視線を上げずに、ただ手の感触と体温に身を委ねる。拒絶と受容が交錯する、痛くも柔らかい瞬間。
涙が一粒、頬を伝う。声にはならず、ただ静かに流れ落ちる。
日下部はそっと頭を遥の肩に寄せ、肩先に手を回す。強制でも、押し付けでもない。
「……大丈夫だ」
声は微かで、しかし遥の奥底に届くようだった。
“まだ完全には信じられない。でも、少しだけ、こいつを信じてみてもいいのかもしれない”
その思いが胸の中で小さく震える。
夜の河面に光が揺れるように、遥の心もゆっくり揺れ始める。
恐怖と期待、自己否定と小さな希望が絡み合い、まだ不安定だが、確かに変化の兆しが生まれていた。