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「岩崎先生!」
玲子がたまらずといった感じで岩崎へ声をかけた。
「なんですか?!どうして、子供がいるんですか?!」
月子とお咲を交互にみる玲子へ、岩崎はお咲も今回の演奏会で舞台に立つ、その為練習に来たのだと告げた。
「……男爵夫人ではなくて、子供が、舞台に?!」
驚きというより、玲子は、ますます苛立ち、どうしてか、月子を睨み付けた。
「ああー!このちびっこいの、お咲は、月子ちゃんの女中だからなー、二人一緒にいないとまずいだろ?」
へへん、と二代目が玲子へ向かって胸を張る。
「なんなの!それ!そして、あなたこそ、なに?!」
「なんなのって!なにって?!俺は、京さんの大家でもあるし、ここの大家でもあるんだけど?!顔だしちゃーいけないのかい?!お嬢さんっ!!」
むきになる二代目に中村が首をひねった。
「二代目……岩崎の、いや、岩崎先生の大家というのはわかるんだが、ここのってのは?」
もしや、行き掛かり上、適当、口からでまかせかと中村は幾ばくか心配しつつ、二代目へ問うた。
「ん?!なんだよー!そのやらかしちまってるって感じ満々の目つき!!この帝都音楽学校の敷地は、田口屋のものなんだぞっ!つーことわっ!大家だろ!借地代金ももらってるんだからなぁー!っていうか、ついでに集金して帰ろうかなぁ……」
えっ?!と皆、一斉に驚いた。
学校のある神田裏猿楽町は、銀行や、有名どころの女学校が立ち並ぶ場所で、岩崎の家がある神田旭町には見られない洗礼された風合いがある。
そもそも、教育機関が立ち並ぶ場所。その一部を借地にするとは、田口屋はいったいどれだけの商いを行っているのだと、岩崎はじめ事情を知った皆は、言葉が続かず口をあんぐり開けている。
そこへ、ぐぅーと、腹の虫が鳴いた。
お咲が恥ずかしそうに俯いている。
「岩崎、いや、岩崎先生!お咲も腹が減っているようです!早く昼にしましょう!」
中村が大袈裟に言い、岩崎、二代目へ目配せする。
「おっ!そうだなぁ!お咲は、これからが正念場!しっかり腹ごしらえしておかないと!京さん!亀屋へ行こうぜ!」
「うーん。二代目。亀屋まで、結構あるぞ。近場の定食屋の方がいいんじゃないか?」
勢いつく二代目を中村が遮った。
「そうだなぁ。中村のにいさんの言う通りかもしれないねぇ。ちいとでも、練習時間ってものが欲しいんだろ?」
うんうんと、中村と二代目は、頷きながら、昼飯の場所云々に見せかけ、取り巻きの女学生から離れる頃合いを計っていた。
「では、近場の定食屋にするか……と言いたい所だが、込み合っているだろうなぁ……」
岩崎が、月子とお咲へちらりと視線を移し口ごもる。
「お!じゃあ、ここの裏通りにある木戸屋に行くかい?うどん屋だけど、俺の所の店子なのよっ!」
顔が効くと二代目がニヤリと笑った。
「……店子ってことは、二代目。その店も貸しているということか?」
「おお!大きい声では言えないがね、うちの親父は、博打がめっぽう強くてねぇ。勝負に勝った度、ちょこまか土地をもらい受けてたら、なんだか商売が成り立つほどになっちまってて」
わはは、と笑いながら二代目は、さあ、行くぜと、喜び勇んでいる。
「そうゆうこと、らしいから、君達からの弁当は受け取れない。すまないな」
岩崎は、呆然と立ち尽くす女学生達へ一言いうと、月子を誘って二代目の後へ続いた。
わいわいと、立ち去る一同に不満の目を向けるのは、当然、玲子だった。
「玲子様!」
取り巻き女学生が、悔しげに玲子へ声をかける。
玲子は、岩崎と並んで歩く月子の後ろ姿をじっと睨み付けていたが……。
「納得いかないわ!」
吐き捨てるように言うと、足早に岩崎達を追いかけた。
「岩崎先生!!」
校舎を出て正門へ向かっている岩崎達へ、玲子の叫びが降りかかる。