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それから1時間後。
紫音はマンションの駐車場とは逆側の空き地を利用した公園のブランコに座っていた。
「……う……んう……」
拭っても拭っても、涙があふれ出てくる。
一番初めに母の違和感を覚えたのは幼稚園の頃だった。
制服も制帽も靴まで指定されていた私立の幼稚園。
遊ぶというよりも学びを大事にするお嬢様幼稚園で、そろばんから書道から、片っ端から叩き込まれた。
バスでの送り迎えもなく、みな保護者が園庭まで迎えに来てくれて、そこから自転車なり車で帰るというのが通例だった。
生徒たちは昇降口で並べられ、保護者の前で先生とお別れの挨拶をする。
そして我先にと笑顔で迎える母親のもとへ駆けていく。
しかしーー。
「ママー!」
紫音が一生懸命手を振っても、母がそれに応えてくれることはなかった。
「ママー!!」
紫音が短い脚で駆け寄っても、母は一歩も歩み寄ってくれることはなかった。
ただじっと紫音を観察するように見つめ、不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、そして深いため息をついた。
「ママ!!」
それでも紫音はその冷たい手を握る。
周りで当たり前のように行われている、親子の抱擁を、母子の笑顔あふれる会話を期待して。
しかし母がその手を握り返すことは、
ついになかった。
『輝馬、明日のお弁当、大好きなチーズハンバーグいれたからね!』
兄を見る目とは全く違う。
『凌空!またプリント出し忘れたでしょう!』
弟を叱る声とも微妙に違う。
ママ。
私のこと、好き?
20年越しに聞いた質問に、晴子は答えてくれなかった。
沈黙が続き、輝馬と凌空が見守る中、紫音は母が投げつけたカゴバックを拾うと、黙って家を出てきたのだった。
「あ……」
涙とは別に冷たいものが頬を伝い、紫音は空を見上げた。
雨が、降り出した。
せっかくシャワーで綺麗にした身体が、空中のチリや埃を含んだ雨に濡れていく。
いつもの紫音なら悲鳴を上げて建物の下に隠れるところだが。
(……いいや。もう、どうでも)
紫音は濡れてたちまち鉄臭くなるブランコの鎖をつかんだ。
自分をこの世に産み落としてくれた人が自分を愛していないのに、自分に生きている価値はあるのだろうか。
(もう……私……)
ポツッ。
(あんな家族……いらない)
ポツポツッ。
ポツッ。
頭上から変な音が響き始めた。
「………?」
紫音が顔を上げると、
「天気が崩れるって言ったでしょう」
傘をかざした城咲が立っていた。