第5話 自分勝手な思い
1日の授業が終わり、梨柚は少し迷ってから、裏庭へ向かった。
本当は行きたくなかったけど、あの卒業式の日と関係ない話だったら、栲に失礼だと思った。
角を曲がって裏庭を覗くと、大きな木の下に栲が立っていた。その横顔が、あの卒業式の日を思い出させて、梨柚はドキリとする。
梨柚は栲の後ろから近づいた。栲のすぐ後ろまで来る。震える手で、栲の肩を、トントン、と叩く。
栲が振り向いた。その真っ直ぐな瞳に、梨柚は何故かまた、ドキリとする。
「来てくれると思わなかった。…….ありがとう」
梨柚は、声が出ない。小さく、こくん、と頷く。そして小さく、言う。
「正直、迷った」
栲が微笑む。そして、沈黙が広がる。
梨柚は落ち着かない。
「話って何?」
あの日と同じセリフを、言う。
心臓が暴れ始める。栲に心臓の音が聞こえてしまいそうなくらい。
「ごめん」
栲が、言った。
梨柚はきょとんとしてしまう。何を謝られているんだろう。栲が続ける。
「俺、気づいてたんだ。俺が梨柚の事好きなのが迷惑なのも、桃井に酷いことされてたのも」
桃井、と聞いて、心臓が飛び跳ねた。あの今にも泣きそうな顔が、頭をよぎる。
「気づいてたのに、助けられなかった。桃井に何も言えなかった。梨柚のことどう思ってるか聞かれたのも、黙ることしか出来なかった」
それを聞いた瞬間、少しだけ、ほんの少しだけ、梨柚の心がふわっと、軽くなった。
栲は、バカにしなかった。
「梨柚のこと好きなのも、迷惑だって分かってる。でも、諦めたくない。自分勝手だけど、諦められない。」
栲は続ける。力強い声で。
「だから、ちゃんと梨柚のこと守って、ちゃんと、胸張って梨柚のこと本気で好きだって言えるように、俺、頑張るから。梨柚が、俺の事好きじゃなくても、頼れる友達くらいに思ってもらえるようになるから。だから、自分勝手な思いだけど、許してほしい。…..待ってて」
梨柚は呆気にとられた。こんなに思っててくれたんだ。私のこと。初めて、栲に感謝した気がした。そして、その感謝が伝わるように、心に届くように、梨柚は笑った。そして言った。
「ありがとう」
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