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#ハッピーエンド
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その夜更け。
ダリウスもエドガーもオットーも、疲れ切ったように寝息を立てていた。
焚き火は小さくなり、赤い炭がかすかに残っている。ときどき、ぱち、と乾いた音がするだけだ。
ミラは寝袋の中で、しばらく動けずにいた。
胸の奥のざわつきが、波みたいに引かない。息を整えようとしても、喉のあたりが詰まったままだ。
やがて、そっと身を起こす。
寝袋の口を押さえ、布の擦れる音を殺した。三人の寝息が乱れないのを確かめてから、焚き火のそばへ歩く。
しゃがみ込み、小さくなった炎を見つめる。
赤い光が右腕の袖をじっとり照らしていた。
ミラは、ゆっくり、恐る恐る袖を捲り上げる。
「……っ」
息が喉の奥で止まった。
前に見たときより、明らかに広がっている。
右腕の半分以上が、石のような灰色に変わっていた。肌の温もりは途中で途切れ、その先はひんやり冷たい。指で触れると、硬さが返ってきて、皮膚じゃないみたいだった。
(……一気に広がった。
《神光再命》は……あと、何回使えるの?
もし使えなくなったら……)
喉がきゅっと締めつけられる。
唾を飲もうとしても、うまくいかない。
でも、浮かんできたのは、自分が石になる未来の怖さじゃなかった。
もし次に、ダリウスが胸を貫かれたら。
もし次に、オットーの心臓が止まるような一撃を受けたら。
もし次に、エドガーの首が、あのトロールの棍棒で砕かれそうになったら。
その誰かが致命傷を負ったとき——自分の加護が、もう届かなかったとしたら。
(……そのとき、私、どうすればいいの)
焚き火の赤が、石化した右腕を照らす。
ぎざぎざの境界線が、地面に歪んだ影を落とした。
ミラはそっと右手を握った。
指は途中で引っかかり、きちんとは閉じてくれない。それでも、力の残りを集めるみたいに、ぎゅっと握りしめる。
「……絶対、誰も……死なせない」
自分にだけ届くくらいの、小さな声だった。
ぱちりと弾ける音に紛れて、すぐ夜気に吸われていく。
それでも、口にした瞬間、胸の奥の芯が固まった。
逃げ道が消えた、とも言える。決めた、とも言える。
ミラは袖を下ろし、石化を隠した。
立ち上がり、寝袋に横たわる仲間たちの方へ振り返る。
大きないびきが、夜の森に堂々と響いていた。
犯人はもちろん、オットーだ。口を半開きにしたまま、豪快に息を吸って吐いている。
少し向こうでは、エドガーがいつものように魔導書を抱きしめて眠っていた。
眉間にはうっすら皺が寄っているのに、口元だけは、安心しきった子どもみたいに緩んでいる。
ミラの表情から、じわじわと恐怖の色が抜けていった。
代わりに、胸の奥があたたかくなる。指先が、少しだけ楽になる。
「……おかえり。オットー、エドガー」
ささやくように呟く。
その言葉が、自分の中のほどけ方の合図みたいだった。
ミラは小さく笑い、三人に背を向ける。
自分の寝袋に潜り込み、石化した右腕を大事そうに抱え込んだ。硬い部分が肌に当たって、冷たい。それを、両腕で押さえた。
森を撫でる風は冷たい。
けれど、テント代わりの結界の内側は、不思議と寒くなかった。
肌寒い夜が、静かに更けていく。