テラーノベル
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──朝の空気はひんやりとしている。
澪は袖を整えながら、廊下を歩いていた。
(⋯⋯和服にも、ちょっとづつ慣れてきたな)
そんなことを考えていると──
「⋯⋯澪さん」
「わっ⋯⋯!?」
背後から声をかけられ、思わず跳ねる。
「驚かせてしまいましたか。すみません」
「い、いえ⋯⋯大丈夫です。
朧さんこそ、どうされたのですか?」
朧は、なぜか手に何かを隠しているようだった。
「⋯⋯これは⋯その⋯⋯」
「?」
「あなたに、渡したいものがあって⋯⋯」
朧がそっと差し出したのは、小さな髪飾りだった。
淡い桜色の花がついている、可燐な飾り。
「⋯⋯綺麗⋯⋯」
「澪さんに、似合うと思って⋯⋯選びました」
「えっ⋯⋯わ、私に⋯⋯ですか?」
「はい。ですが⋯⋯」
朧は少し困ったように、眉を寄せた。。
「⋯⋯つけ方が、分かりません」
「ふふっ⋯⋯」
思わず笑ってしまうと、朧はむっとした顔になる。
「笑わないでください。私は真剣なのです」
そういえば、前にもこんなことを言っていたなぁ、と澪は思い返す。
「す、すみません⋯⋯でも、可愛らしくて⋯⋯」
「可愛らしい⋯⋯?」
朧の耳が、また赤く染まる。
「では⋯⋯つけてもよろしいでしょうか」
「は、はい⋯⋯お願いします」
朧は澪の後ろに立ち、そっと髪に触れようとする。
──が。
「⋯⋯っ」
「お、朧さん⋯⋯?」
「すみません。人の髪に触れるのは⋯⋯慣れていなくて⋯⋯」
手が震えている。
(朧さんでも、こんな風になるんだ⋯⋯)
澪は少しだけ微笑んだ。
「大丈夫です。ゆっくりで⋯⋯」
「⋯⋯はい」
朧は、慎重に、慎重に髪飾りを留める。
しかし──
「⋯⋯あ」
「えっ⋯⋯?」
髪飾りがぽとりと落ちた。
「⋯⋯すみません。失敗しました」
「ふふっ⋯⋯」
「また笑いましたね⋯⋯」
朧は少し不機嫌そうで、子供が拗ねるみたいにむっとする。
「ご、ごめんなさい⋯⋯でも⋯⋯
朧さんが、こんなに一生懸命なのが嬉しくて⋯⋯」
朧は一瞬だけ目を伏せ、小さく息をついた。
「⋯⋯では、もう一度」
再びそっと澪の髪をすくい上げ、丁寧に髪飾りを留める。
「⋯⋯できました」
澪は手探りで髪飾りの位置を確認し、
「ありがとうございます⋯⋯
とても、嬉しいです」
「⋯⋯似合っています」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「ところで、澪さん」
「はい?」
「⋯⋯その⋯⋯」
朧は少し視線をそらした。
「あなたの髪飾りを選んでいる間に⋯⋯
自分の尻尾を踏みました」
「⋯⋯えっ」
「痛かったです」
「ふふっ⋯⋯!」
澪は堪えきれず、声を出して笑ってしまった。
「ん⋯笑いすぎです⋯」
「す、すみません⋯でも⋯⋯
朧さん、本当に可愛らしいです
やっぱり、いつも完璧なので少し欠けているところがあると安心しますね」
朧は耳が真っ赤になり、そっぽを向いた。
「⋯⋯可愛らしいと言われるのは、慣れていません」
「私は⋯⋯好きですよ?
朧さんのそういう所⋯⋯」
朧は一瞬だけ固まり、ゆっくりと澪の方を向いた。
「⋯⋯澪さん」
金色の瞳が、どこか揺れている。
「あなたにそう言われると⋯⋯胸が、少し⋯⋯熱くなります」
澪の心臓も、同じように跳ねた。
コメント
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続きも楽しみ❕