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――色とりどりの花びらが、大河に飲み込まれていく。
川面を渡る風が、頬をなでる――。
力強い腕が、私を抱く。
……ジオン……!
黒い影が襲いかかる。
「ミヒ?」
賊!!
「いや!助けて!!」
鈍い音。
どさりと人が崩れる音がして、悲鳴が……。
ジオン!助けて!
ジオン!
……よくよく見れば……。
うなされるミヒを、チホが心配そうに覗き込んでいた。
身頃を整えながら、ミヒは体を起こした。
チホは酒気を発していた。衣を脱ぎちらかしているところを見ると、千鳥足のまま床《とこ》に崩れ込んだようだ。
積もった雪に反射した月の光が、部屋の中に蒼く差し込んで、蝋燭《ろうそく》の明かりがなくともチホの顔が浮き上がって見えた。
鋭い双眸《そうぼう》。こけた頬。
陰鬱な面差しは、彼の怪しい生業を示している。
ただ、ミヒの前では殺気だった表情は消え、気遣いの言葉をかける眼差しも、まろやかなものになる。
「……夢を見たのか?」
「ええ……」
チホは、ミヒを自分の床《とこ》へ誘った。
ゆっくりとチホの体にもたれ、ミヒは横になる。
チホの腕が巻き付いて、華奢な体を包み込む。
夜は、さらに冷える。
チホは分かっていた。ミヒが寒さに悩まされている事を。
だからこそ、嫌がろうとも、チホはミヒを抱きしめ、添い寝してやる。それで、寒さがいくらかしのげるからだ。
冬の間、チホは閨事《ねやごと》を避けた。
ミヒの体に折り重なることを思うだけで、昇天する気がするが、胸の袷《あわせ》をはぎ取れば、ミヒは寒さに震え上がる。
チホは、春を待つかのように体を添えた――。
初めはミヒも、このぬくもりが不快でならなかった。
が、あるとなしでは寒さが違う。
チホなりの思いやりを感じたが……。
やはり、自分からすべてを奪い取った男を、許せなかった。
……しかし……。
時折見せる、チホの遠くを望むような眼差しが、ミヒの心を捉えていた。
どこかで、見たような気がしてならず、懐かしさすら感じていた。
不思議なことに、チホに抱かれて眠ると、あの夢を見ることがなかった。
あれほど、頻繁に見ていた夢を、なぜみなくなったのだろう。
ところが……。
今日、久しぶりにあの夢をみた。
「昔からみるんです」
「同じ夢をかい?」
「とても美しい夢。でも、後味が悪くて……」
「うなされるんだね?」
「……河に、花びらが舞落ちるの……私……抱かれていた。ジオンに」
「ジオンに会いたいのか?」
チホの言葉がミヒの胸を刺す。
「……いえ……もう、昔のことですから……」
夜の闇のように、ミヒは静かに呟《うめ》いた。