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私を見下ろす永井くんの濡羽色の瞳。艶やかでセクシーで、胸の鼓動が早くなる。
復讐に協力するかわりに、セックスしたいってことだよね。
しかもサブスクってことはほぼセフレ。したい時には応じろという横柄な提案。
……それも面白いかもしれない。
相手は社内一のイケメンエリート。楽しいだけなら不足のない相手だ。
でも、いきなりセフレって……。
「な、永井くん」
「はい」
「キス……」
「え?」
「キスじゃ、だめ? キスのサブスク」
もうとっくに頭のネジはぶっ飛んでいる。私はとにかくあの子に復讐したい一心で彼に返事をした。
「俺、そんなんで満足するお子ちゃまじゃないです」
「なっ……だ、だって……」
セックスしたら溺れそう。そうお腹の奥から湧き上がる何かを、気のせいだと押さえつける。
永井くんは少し考えたあとで、口を開いた。
「試してみますか?」
「何を?」
「セックスの相性」
「え?」
ぐっと体を引き寄せられて、耳元で彼がささやく。
「ヤッてみなきゃわかんないでしょ?」
耳朶に彼の息がふれて、ピクッと身体が小さく跳ねる。
「もう、何言って……」
「相性悪かったら別にヤらなくても、復讐には協力します。もし相性いいと思ったらサブスク契約してください」
ドキドキと痛いくらい心臓が鳴る。
どこからこの自信がくるのだろう。
私は手のひらをすっと彼の前に出して、距離を取った。
何? と首を傾げる永井くんの顔は、とてもかわいらしく見える。狂った提案とのギャップが激しい。
「わかった。た、試してみようか」
「そうこなくっちゃ」
永井くんは飲み干したコーヒーカップを片付けながらこちらに目をやる。その瞳はまるで小悪魔だ。
「私からも、ひとつ……」
「はい」
「契約はあの子が退職するまでよ」
「おー、こっわ。そこまでします?」
くすくすと永井くんは小さく笑う。
「でも、いじめるなんてゲスなことはしないんでしょう?」
「当たり前よ。そんなことしたくない」
「どうやって復讐するんですか」
「……わかんない」
げらげらと大きな永井くんの笑い声がリフレッシュルームに響く。
もう社内には誰もいなくて、二人だけ。
二十四時間管理のビルは、AIにより遠隔管理されているから警備員もいない。
「藤原さんらしいですね」
「ば、ばかにしないでよっ!」
「仕事は完璧なのに、どっか抜けてるんだから」
笑いながら、永井くんが顔を近づけてくる。私は思わずパッと顔を背けた。
「試してみるんでしょ?」
「……ここじゃ、やだ」
昼間に|リフレッシュルーム《ここ》で見たキスシーンがフラッシュバックして、心臓が握りつぶされたみたいに痛くなる。
「ここ以外にしよ」
「ふーん……」
不服そうな顔を永井くんがする。
まあいいやと小さくつぶやくと、私に背を向けて、リフレッシュルームの出入り口の方へスタスタと歩いていった。
「とりあえず仕事終わらせましょう。そしたらうちに来てください」
話の続きはそこでしましょうと、ドアを半分開けながら、こちらを振り返った永井くんは、ほんの少し笑みを浮かべていた。
「うちって……」
「俺のマンションです。それとも、倉庫でもいきます?」
頬がぼんっと熱くなる。よくもまあつらつらと刺激的な言葉が出てくるなと不覚にも感心した。
「倉庫も……いや」
「この前|風見《かざみ》さんとはキスしてたのに?」
「なっ……!!!」
誰にも気づかれていないと思った。ほんの少し、唇が触れただけの優しいキス。
あれが最後のキスになるとは、思ってもみなかった。
「みっ、見てたの?」
「見てないですよ。ふたりで倉庫から出てきたのを見たので。だからなんとなく」
|風見《かざみ》|伊吹《いぶき》は、ひと月前までは私の彼氏だった。
今は、元同級生で同僚の|美濃《みのう》|燎子《りつこ》の彼氏におさまっている。
|乗り換え《・・・・》られた。そう気がついたのは今日の昼間。
リフレッシュルームで伊吹と燎子がキスしているのを見てしまった。
背を向けていた伊吹は、私に気がついていなかっただろう。
伊吹の肩越しに、燎子の顔が見えた。
キスしながら、少し目を開けて私を確認すると、わざとらしく目を閉じて、彼の首に腕を回してキスを深めていた。
いやらしいリップ音が、頭の中に今でも響いてくる。
やっと足が動いて、その場から逃げるように離れるまで時間がかかった。
急に別れたいと言ってきたのはそういうことだったのか。
なぜそうなったか合点がいった。
あの子に二度も彼氏を取られることになるなんて。