テラーノベル
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──ボーン、ボーンと、柱時計が鳴り響き、宵の口の訪れを知らせた。
「……明日は、ドレスを作りにいかないとな。……休むか?」
櫻子と距離を取ると、金原が言った。
そして、落ち着かない素振りを見せながら、金原は、庭へ顔を向ける。
櫻子も、酔いが醒めたというべきなのか、問われても俯くだけだった。
あれが……、と、金原が呟いた。櫻子は顔をあげ、続く言葉を待つ。
「桜の花が咲いたら……桜の花に囲まれて祝言を挙げようと思って植えた。でも、なかなか、咲かない。蕾は膨らんでいるのに……」
「……わざわざ……植えたのですか」
こくんと頷く金原を見て、櫻子は目を細めた。
(この人は、なんて、繊細で、それでいて、真っ直ぐな人なんだろう……。)
隣に腰かける青年は、思いの丈を上手く言い表せないだけなのだ。いや、言葉に出来ないほど様々な思いを秘め、生きて来たのではないのだろうか。
自身の生い立ちや、ここまで身を立てた苦労があるからこそ、櫻子へ、気を配るのだろう……。
「旦那様、桜は、咲きますよ。旦那様が、気をかけているのですから」
うん、と、金原が返事をしたような気がした。
金原の隠れた気持ちを感じとった櫻子は、もっと、金原のことを知りたい、そう思ってもいいのかと、戸惑い、もじもじした。
「社長ーーー!!!わかったっすっ!!」
沈黙に浸っている金原と櫻子の前へ、あわわわっっ、と、叫びながら、虎が、人力車と共に駆け込んで来た。
そして、廊下からは──。
「なっ、虎のバカがっ!!ちょっとは、空気読めよ!」
「なんだよー、キヨシも、キヨシだよっ!あそこまで行ったら、ぶちゅー、と、熱いやつ、だろ?!じれったいねぇー!」
「まあ、龍に、お浜、社長には、社長のやり方がある。いつもなら、さっさと、やっちまってるところだが、それだけ、本気ってことなんだよっ」
わかってやれと、八代が、お浜と龍をなだめていた。
「い、いや、待て!いつもならって、いつもならって!いつだ!人聞きの悪いことを!!」
廊下からの愚痴りに気がついた金原は、皆へ、覗きやがってと、怒りをぶつける。
「え?社長、いつも、綺麗どころとやってるじゃないっすか?」
そこへ、虎が、馬鹿正直に答えた。たちまち、へっ?!と、金原は、裏返った声を出す。
「虎、やっぱり、わかっちゃいねぇーわ。櫻子ちゃんの前で、他の女のこと喋っちまうって、なんだよ!」
「あぁ?!な、な、なにを!!龍!!いや、虎!!ほ、他の女ってっ!!」
焦りきる金原を見て、櫻子も、流石に、思うところというものが芽生えたようで、
「……じゃあ、他の方に続きはしてもらってください」
と、言い捨て、もう休みますのでと、冷たい視線で、金原を見ると、羽織っていた上着を無言で突き返し、立ち上がった。
そのまま、踵を返し、廊下へ出た櫻子を、お浜、龍、八代が迎えている。
「櫻子ちゃん、男ってやつはねーちょっと、甘い顔したら、すぐ図に乗るんだよ!」
「まあー、清は、いや、社長は、見かけが、かなりのもんだから、女には、もてる。櫻子ちゃん、悪いことは、言わねぇ、俺にしとけ!」
「龍、もてる男の方が、女ってのは、嬉しいじゃないのか?とはいえ、櫻子さん、気を抜いてはいけませんよ。社長は、女には、不自由してませんからねぇ、甘い言葉の一つ二つは、お手のもの」
八代に続き、何故か、あの子供までが、真顔になって櫻子の袖を引っ張っている。
「いや、まった!そ、それは、今までであって、男なら、誰しもやってることだろっ!!」
縁側から、慌てて櫻子を追いかけて来た金原は、言い訳のようなことを言うが、あっと、叫ぶと、しまったと、顔を歪めた。
「ほーらね、櫻子ちゃん。これだから、男ってやつぁー、さっ、奥で食べながら、話そうじゃないか!」
「おお!櫻子ちゃん!あんパンとキャラメルあるぞ!」
「赤飯もありますよ。おかしな、取り合わせですがね」
くくく、と、八代は、笑いを抑えきれず肩を揺らしていた。
さあさあ、行こう、行こう、と、櫻子は皆に囲まれ、台所へ向かった。
「いや、ちょっと、あ、明日、明日は、ドレス、ドレスだぞ!」
ひたすら焦る金原の叫びに、誰も答えることはなかった。
「あーー!赤飯!兄貴達!俺っちもっ!!」
好物食べたしと、虎は、人力車を引いて、裏庭の隅にある車置き場へ向かおうとしたが、ピタリと止まると、
「社長!!野良犬野郎は、山根の親分の所の人間でしたっ!!親分の屋敷へ、入って行ったっす!!」
許せねえっすと、言いながら、虎は、櫻子を襲った男達の身元を報告した。
「虎、親分に雇われた人足なのか、舎弟なのか、どっちだ?」
金原が、振り返り、中庭の虎へ尋ねるも、すでに姿はない。
裏庭から、赤飯ーー!と、叫ぶ虎の声が響いて来るのみだった。
「なんだよ、まったく、どいつもこいつも!で、俺の飯は、どうなるんだっ!ってことより、どうすんだ!!」
先ほど向けられた、櫻子の冷えた視線を思いだし、金原は、肩を落とした。
──そして、翌朝。
結局、寝室として使っている、櫻子の部屋に独り寝だった金原は、皆が揃っているだろう台所を、恐る恐る覗いた。
すると。
案の定、酔い潰れた一同が、板間に転がっていた。
もちろん、櫻子も含まれており、近寄ってみると、仄かに酒の香りがした。
「社長、大丈夫でしょう。社長は、櫻子さんと、築地の成田屋へ。虎から聞いています。山根の親分の所へは、私が話をつけに行きます」
むっくり起き上がった八代が、虎を小突いて、おこしながら言った。
「……そうか、頼んだ。雇われだろうが、親分の舎弟だろうが、暴れてもらっては、仕事にも差し支えるだろう」
「ええ、もったいなくも、神宮ご造成というお国の仕事ですからね」
ああ、と、金原も同意するが、
「……大丈夫なのか?」
と、櫻子を見る。
「ははは、櫻子さんには、そんなに飲ませてませんから、大丈夫ですよ。お二人で、楽しんで来てください」
八代は、軽く言うと、井戸で顔を洗う為に、お勝手から表へ出て行った。
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