TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

天球-tenkyu-

一覧ページ

「天球-tenkyu-」のメインビジュアル

天球-tenkyu-

7 - 第6話:アストシップ・エラーレ

2025年05月25日

シェアするシェアする
報告する

第6話:アストシップ・エラーレ




空の西端を巡航していた帆船《アストシップ・エラーレ》が、

半年ぶりに帰還した。


無人で。

航路ログなし。

風力帳票異常。

乗員名簿、全項目“空白”。





報告を受けたのは、漂流記録局《フロートル調査部》。

調査官ユハ・ヴィレは、送迎気流艇で現場に降り立った。


ユハは18歳。

肩にかかる黒緑の髪を浮力シートで束ね、

灰銀の瞳は《エアロハード製・視界安定バイザー》越しに常に冷静。

調査用の服は《アスモン社》提供の“空間適応布”で、風圧に応じて形を変える。


天球での調査官とは、「浮かない真実」に触れることを恐れぬ者だけがなれる職である。





エラーレ号の帆は破れかけ、

空中に漂うはずの水粒子検知装置には**“潮の気配”**が残されていた。


天球では「潮(しお)」という概念自体が、**“溶解の香り”**として伝説的に恐れられている。

潮に触れた者は、肉体の輪郭が曖昧になり、空気に還るとされている。





船内には、ただひとつ。

《ネフリオ式・泡音声記録装置》が残されていた。


ユハは指先で触れ、泡を起動する。





「記録泡、エラーレ号航路第299時間目。 我々は、雲の裂け目を越えた。 そこに、海があった気がする。 …いや、夢かもしれない。」




泡ははじけた。

が、その映像が頭の中に残った。


泡が残像を与えることはありえない。

だがユハは、確かに“波”と“声”を感じた。





同乗していた補佐官が、言った。


「それ、たぶん“星泡障害”です。


最近増えてる、“空では見えない星の影響”ってやつ。」




星は天球において“未完の夢”の象徴。

記録に残らなかった思念は、夜空の泡として漂う。

それが多すぎる夜には、記憶や視覚に干渉する現象が起きるとされている。


だがそれは、自然ではなく“信仰”として説明されるものだった。





エラーレ号の中庭では、地球語のような記号が刻まれた銘板が発見された。


「W」「e」「b」「O」「S」などの並び。


ユハはその意味を知らない。

ただ、それが《空の起源文字》として《泡水殿》に祀られていた形に酷似していることだけを知っていた。





その夜、ユハはエラーレ号の上で眠った。

そして夢を見た。


海に立っていた。

重さが、確かにあった。

風が、押し戻さなかった。





目が覚めると、体が少し重かった。


浮いていなかったのだ。



翌日、報告書を提出する際、ユハはこう書いた。


「記録泡に触れた結果、

私は一時的に、夢に引かれました。

浮かない感覚を“恐れ”として報告すべきか。

それとも、かつての人々が“それで生きていた”という記録として残すべきか。」




報告は却下された。


だがユハの指先に、微かに潮の粒が残っていた。

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚