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8 - 第7話:ゼロ・グラヴィ

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2025年05月27日

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第7話:ゼロ・グラヴィ




浮遊都市《カサル・ミール》の東区が、沈んだ。





市民たちは“沈む”という言葉を口にしない。

代わりにこう表現する。


「あそこは、浮きを忘れた。」







サレ・ヨムは、空間重力管理機構の整備士だった。

17歳、旧型の《エアロハード式保守装束》を着込み、両耳には浮力バランサーを装着している。

背は低め、灰蒼の髪を三つ編みにし、指先には風圧に応じて形を変える修復グローブ。

言葉は少ないが、風の“乱れ”には誰よりも敏感だった。





東区が沈んだのは、グラヴィゼロ状態が発生したためとされていた。

それは、「浮力・風圧・磁気圏すべてが同時に欠落する空間」のこと。


そんな空間が発生するはずがない。

それが天球の“常識”だった。





サレは調査のため、沈下地点に向かった。

同行するのは記録分析官《レア・ノマ》、18歳。

短い白銀の髪、月の紋章が刺繍された観測衣に、《フロートル社製:多重泡記憶読解端末》を装備している。


レアは泡を拾い、再生した。





「この風……切れてるわ。 誰かが“浮くための記憶”ごと削除してる。」




泡には、風が録音されていなかった。

音が消えていた。





サレはさらに地下へ降り、破損した浮力炉の中心で、奇妙なパネルを見つける。

そこには、こう刻まれていた。


「Grav_One」


レアが反応する。


「それ、地球時代の重力OSよ。 今は《ゼロ化の呪い》って呼ばれて、泡水殿に封印されてる。」




地球では「重力」が世界を保っていた。

だが天球では、それは**“人を下に引きずる死の手”**として封印されている。


“G”の記号は現在、泡水の紋章「グラー」へと変化し、重さを遠ざける祈りの儀式で用いられていた。





サレは重力装置に触れた。


一瞬、身体が**“沈みかける”**感覚が走る。

風が音を立てない。

音も、泡も、ない。


それは、浮かばないことそのもの。


「これは……楽だ。」




浮かないとは、重いということ。

だがそこには、確かに安心感のようなものがあった。





その夜、カサル・ミールでは満月祭が行われた。

月は、記憶を見守る“光の目”。


天球では、月に向かって過去を祈り、星に向かって未来を誓う。


だが今夜、星が少なかった。


泡神殿の月官が言う。


「重い記憶が、星の浮力を奪っているのです。

忘れられなかった者が、誰かの上に座っている。」





サレは祈らなかった。

その代わりに、泡をひとつだけ放った。


「浮く理由が信仰なら、 信じなければ、沈んでもいいのか?」




泡はまっすぐ昇り、

途中でふわりと揺れて、雲の上で弾けた。





そして翌朝。


《ゼロ・グラヴィ》の跡地には、花が咲いていた。


それは、風で運ばれない、

**“地面に根を張った植物”**だった。

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