放課後の相談室。
西陽がカーテンの隙間から細く差し込み、机の上に淡い影を落としていた。
「……誰かに嫌われる夢を見たんです」
向かいの席に座る女子生徒が、小さく息を吐いた。
「ただの夢なのに、起きたら苦しくて。学校行くのも、顔を見るのも怖くなって……」
遥は何も言わず、うなずくだけだった。
机の上の影が、ゆっくりと伸びていく。
「夢の中で、何か言われた?」
「“もういい”って。私、何もしてないのに。目が覚めても、その言葉だけ残ってて……」
声が震える。夢のはずなのに、涙は現実の温度をしていた。
遥はしばらく黙ってから、静かに言った。
「……夢って、覚えてるときほど、本当の気持ちに近いんだと思う」
「本当の、気持ち?」
「“嫌われたくない”とか、“失いたくない”とか。
そういうの、起きてるときは無理に押し込んでる。
でも、夢は勝手に、それを引っ張り出してくる」
「じゃあ、私……そんなに怖がってたのかな」
「たぶんね。でも、それは弱さじゃないよ。
誰かを大切にしてるからこそ、怖いんだと思う」
沈黙が、少しだけやわらいだ。
窓の外では風が吹き、枯れ葉が二人の視線を横切った。
「……もしまた夢に出てきたら、どうすればいいと思いますか」
「夢の中の自分に、言ってあげて」
「なんて?」
「“大丈夫”って。
嫌われても、夢でも、ちゃんと痛いって感じられるお前は、
きっとまだ人を信じてるから」
少女は、かすかに笑った。
涙の跡を指で拭いながら、
「……それ、ちょっと救われますね」と呟いた。
遥はその笑みを見て、ほんの少しだけ目を伏せた。
夢の中で誰かに拒まれる感覚。
それを、彼もまた知っていた。
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