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薄暗い放課後の教室。窓の外はすでに夕暮れの色で、机に長い影を落としていた。 椅子に座った少年は、何度も口を開きかけては閉じ、膝の上で指をもぞもぞと動かしている。
「……どうした?」
遥が声をかけると、少年は小さく首を振った。
「言おうとすると……うまく言えないんです」
「何が?」
「わからないんです。苦しいとか、寂しいとか、そういう言葉じゃ足りない。でも、じゃあ何なのかって聞かれると……」
少年は唇を噛み、うつむいた。目の奥には涙のような光があるのに、形を取らないまま曖昧に揺れている。
遥はしばらく黙っていた。やがて、自分の胸に手を当てるようにして言った。
「……俺もあるよ。言葉にしようとすると逃げていく感情。頭の中で形にならなくて、ただ胸の奥に重く溜まっていくやつ」
少年の視線が少しだけ動いた。
「……遥さんも、あるんですか」
「ある。たぶんみんなある。でも、無理に名前をつけなくてもいいんだと思う。大事なのは、“ある”って気づいてること」
少年の指が膝の上で止まる。
「……気づくだけで、いいんですか」
「うん。言葉にならないものを無理に言おうとすると、余計に遠ざかる。だからまずは、“説明できないけど確かにここにある”って認めること。それで十分だ」
夕日が傾き、教室に赤い光が差し込む。
少年は目を閉じ、深く息を吐いた。
「……なんか、少し楽になりました」
遥はわずかに口角を上げた。
「言葉にならなくても伝わることはある。俺は、今のお前の表情でちゃんとわかったから」
少年は驚いたように顔を上げた。言葉ではなく、瞳の揺れや沈黙が、確かに心を語っているように見えた。