テラーノベル
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「……俺ってさ、本当にここにいるのかなって思うときがあるんだ」
机の端を指でなぞりながら、相談に来た少年が言った。声は小さく、けれどはっきり震えていた。
「誰も、俺のこと見てない。廊下ですれ違っても、声かけても、聞こえてないみたいな顔される。……存在してるのに、透明人間みたいで」
遥は、うつむいたまま黙って聞いていた。指先が無意識に制服の袖を握り込む。
「見えない、か……」
小さくつぶやいたその声に、少年が顔を上げた。
「俺も、よく思うよ」
遥が続けた。
「誰も俺を見てない。教室でも、家でも。……いや、見てるときもある。でもそれは、殴るときとか、笑うときだけ」
喉の奥で、言葉がひっかかる。
「だから俺も、透明人間みたいな気分になる。……便利なときだけ存在して、あとは空気」
少年は目を瞬いた。思っていた以上に、遥の言葉は自分と重なっていた。
「じゃあ……どうやって耐えてるの」
遥は少し息を吐いた。
「俺は、勝手に自分で確かめてる。自分の手をつねったり、呼吸数えたり……『いる』って実感を、自分で作るしかない。誰かに見られてないなら、自分で自分を見張る」
淡々とした言い方だったが、その奥ににじむ痛みは隠しきれない。
少年は下を向いたまま、小さく笑った。
「……そんなの、しんどくない?」
「しんどい。でも、そうしないと消えそうになる。……俺は怖いんだ。ほんとに透明になって、誰にも気づかれなくなるのが」
しばらく沈黙が流れた。
少年は机に置いた自分の手をじっと見つめ、かすかにうなずいた。
「……そっか。俺も、ちょっと試してみる。自分で、確かめてみる」
遥は目を細めた。
「それでいい。……本当に透明なら、今こうして話してないだろ」
少年は思わず顔を上げた。遥は相変わらず伏し目がちだったが、その言葉にはかすかな温度があった。
――見えていないようで、見えている。
その矛盾の中に、自分がまだここにいる証拠がある気がした。
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