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いま常春の楽園のような陽気に包まれるスウォードという街がある。この街は冬はほどほどに雪を楽しめ、夏もほどほどに冷えたスイカを楽しむくらいの気候で、穏やかな春のような日々が1番長い。
そんな街にも怪談というものは存在しており、その中に「春の花嫁」という怪談とは思えないタイトルのものがつい最近、面白がったエルフによって語られた。
怪談と言ってはいるものの、怖がる者はなく、エルフ少女のテコ入れもあるせいか、とりわけ女性ウケが良いものとなっている。
「ダ〜リル!」
「なんだ、お前か」
そのエルフがダリルにちょっかいを出しに店に来た。
というのもここのところ柄にもなく物思いに耽るような姿を見せることの多いこの男を気にしての行動である。面白がっている訳ではないはずだ。
「ミーナちゃんからも聞いてるけど、元気だしなよ? うりうり」
ダリルの肩を肘でぐりぐりとしながら声を掛けてる。
「一体何をどう聞いたのか知らんが、俺はいつもこうだ」
エルフはミーナより、事の真相を聞いている。ミーナは大体のことは把握しており、今回の顛末についてをエルフに話して聞かせていた。それはダリルの気分を上向きにするのにエルフ辺りがちょうどいいという思惑からだ。
それはもうなぜこの幼子がそんな事を、など思わせる余地もないほどにすんなりと教えて信じ込ませた。ミーナのチカラでなせる技である。
そうすると、途端に元気になったエルフは、むしろ仕事で夫婦ごっこをするハメになったダリルに憐れみさえ感じていた。
「ふーん。その割にはすっごく寂しそうだったけど? サツキちゃん、可愛かったもんねー。幽霊だけど」
「ちっ」
「うわっ! マジの舌打ちされたっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ、嫌いにならないでっ⁉︎」
このエルフはすぐに調子に乗りすぐに謝ってしまう。
ダリルはそっぽを向いたままだ。
「──でもさ、なんだかダリル。人間らしくていいよ。今までならなんかそういう時でもすぐに忘れてそう。というかよくあそこまでやりきったよね」
ダリルは答えない。自分の変化には気づいている。良いことも、悪いことも。
「少しだけ──そういう暮らしがあっても良いのかもなと思ったのは事実だ。きっと俺は、お前が居なくなっても同じ顔をしているのだろうな」
その意味を考えてどう反応したらいいのか分からなくなる。
「ダリルったら、演技してるうちに感情移入しちゃって、本当にあの娘のこと好きになってたんじゃない? そういうのはわたしにしてくれたら良いんだからね?」
エルフはなんとかいじりながら自分アピールまで持っていったが、期待するような返事はなかった。
ふたりが静かになったあたりで、ガチャリと扉が開いてそろ〜っと人が覗き込んでくる。
「あの〜。こちらにダリルさんて方いらっしゃいますか?」
それは黒い長髪に巫女装束なんていうこの辺りでは見かけない少女。
「……ダリルは俺だ」
エルフが見開いた目を少女とダリルの間で彷徨わせる。
「あ、あの。私ちょっと事情がありまして、いま一人で、行くあてがなくて……し、知り合いに相談したらこの街の1番大きな鍛冶屋のダリルって人に頼りなさいって。『マイがそう言ったって言えば良い』って言われて……えっと……ダメですよね? ご、ごめんなさいっ!」
勝手に説明してそのまま出て行こうとする少女の手を取り
「マイの頼みなら是非もない。仕方ない、2階に部屋が余っている。しばらくそこに住めば良い」
少しの間、呆気に取られていた少女だが
「え? あ、えっと……不束者ですが宜しくお願いします」
そう言った少女の左手には透明の輝石が煌めいていた。