「そういえば、何故お前の恰好はそれなんだ?」
ドワーフきょうだいと挨拶を済ませてから街の外へ出るところでダリルは俺っちに聞いてきた。
「ああ、これかぁ。今回の俺っちの時にはもう選べたんだ。例のオーバーオールかドワーフっぽい恰好かをよ。まあそんだけ“キテル”って事なんだろうよ?」
そういや、エルフも獅子もあれを着ていたんだっけか。ミスマッチ感半端ねえだろよ。
「少しずつだけど、確かに変わってきてるんだな」
ダリルもその些細な変化をそう捉えたようだ。
俺っちたちがダリルと分かれて、トマス坊の親父さんを助けに行く道中にもその些細な変化はあった。
この筋肉ダルマのやってる事だ。
変な名前を告げながらやりよる奇行は、知らない人からしたらちぃっとアタマのおかしいヤツみてぇだが、これは紛れもねえスキルだ。
まだ本人に自覚もねぇようだが、筋肉ダルマの体の魔力の変化を見りゃ間違いねぇな。
あのスウォードの街でスキルや魔力を使えるヤツってのはごく一握りだ。それはあの街に生きる者にとっては、それらってもはやとっくに失われたはずのモンだからよ。
だからここのドワーフたちも、自分たちには特別なもんなんてねぇって、思ってる。
トマス坊は岩肌にツルハシを打ち込んで負けちまった。ちゃんと使えていりゃあ、ドワーフなら子供でも幾らかは削れたはずなのによぉ。
まあ、これで今のところはそういう状況だって分かったから別に構わんが。
それでもダリルのする事には変わりはねぇやな。トマス坊の願いが叶うようにやってやるってことはよ。
海にまでやってきたのは、ツルハシの魔剣の素材集めのようだ。何だツルハシの魔剣てよぉ。ツルハシで闘うやつなんかいるか? 装備の武器欄にツルハシって入るのか?
ツルハシ持って闘うドワーフって……いや、ありなのか? まあ、今回は武器ではなく採掘道具なんだから構わねぇか。魔剣だが。
まだ日は高い。トマス坊は向こうではしゃいでいるな。
「ダリルよぉ。お前さんはこれを分かってて向こうへ遠ざけたって事かい」
ダリルがトマス坊にお使いを頼んで向こうへやってしばらく。
波間を漂い打ち上げられてきたのは、馬鹿でかいイソギンチャクってヤツだなこれは。
しかも、魔獣だ。
魔獣は大抵が二足歩行のバケモンになる。それは魔獣を生み出す素のやつが足がついてて歩くんだから、強さを与える時にはそうなりがちなんだ。
けど、そうではなくてそのままでっかくなるヤツがたまにいるんだ。コイツみたいに無理やり魔獣へと変化させられる事なく、自然と魔力を取り込んで魔獣になっちまうヤツは他と違ってヤバい。
内包する魔力が桁違いだからよ。
「まあ、分かってはいたな。今回はコイツらしい。ついでに言うと後でオマケも来るから、そいつはバルゾイに頼む」
まあ、コイツとやれって言われるよりはいいわな。
ダリルは魔道具のタバコに火をつけて吸う。コイツは灰になって落ちたりフィルターが残ったりはしねえ。全てダリルの体内に取り込まれて力の解放に使われる。
そんな事をしなくてもダリルはむちゃくちゃ強え。けど、コイツら呪いの使徒についてはダリルの帰依の力を解放しなきゃなんねえからな。
ダリルの吐いた息には濃密な魔力がこもっていて、それが具現化する。あるいは何かにエンチャントする事でその力を発揮するんだ。
今回は杖、か。俺っちはあの暴力の権化みてぇな闘い方が好きなんだがなぁ。
杖には既に暴れそうなほどの魔力の奔流がまとわりついてる。
それをダリルはゆっくりと魔獣の方へと構えた。
ダリルの動きに呼応するように、魔獣はその周囲に障壁を展開しだした。ヤツにもこのヤバさが分かるらしいな。
杖の先が魔獣に向いた時、いく筋もの魔力の刃が走り出し魔獣の障壁に当たっては障壁を削っていく。
薄氷にヒビが入るような音だなぁ。そんな薄っぺらいはずねぇんだがよあれは。
まだダリルは何もしちゃいねえ。ただの余波だけでヤツの並大抵じゃねえ障壁を砕いちまいやがった。
魔獣はその身の先っちょの赤い触手を無茶苦茶に振り回し始めたが、どれもダリルと俺っちのとこに届く前に魔力の余波でブチブチ音立ててちぎれ飛んじまう。
魔力を溶解液に変質させたやつも飛ばしてきてたが、同じようにテメェに向かって返っていって、ところどころ爛れてやがる。あんなもんぶつけられたら骨も残らねえ。
やがて、ダリルは
「消えろ、気持ち悪い」
とだけ呟いて魔力を解き放った。そこはカッコよく技名とか言う所じゃねえのかよ……。
先ほどまでの余波ではなく、滅びを齎す渦が魔獣を取り込み海の藻屑にしてしまった。
「相変わらずとんでもねえな、お前さんはよ」
ダリルは普通のタバコを吸っている。
「本当は俺も普通で構わなかったんだがなあ。仕方なかったんだよ」
既に今の出来事は波によってその痕跡も消えている。
やがて夕日が海を照らす時間になって、トマス坊が帰ってきた。
トマス坊には、俺っちの闘いと武器作製を見せておいた。いつかこいつもスキルに目覚めた時に出来るように、だ。
まあ、そうなると俺っちがこいつにくれてやれるもんってのは──まああれが1番かな。
既に誰も居ねえ工房にダリルとふたり。
「あいつにはドワーフの金槌をやりてえ。大した材料なんていらねえよ。トマス坊の大事にしてたツルハシの残骸でも使えば十分だな。そして、ほらよ」
俺っちはダリルに髭を一掴み切って託す。
「あの坊の家族愛ってのは、良いもんだな。そのために願える。俺っちのそれは、あの坊の未来に役立つと嬉しいぜ。そんでいつかトマス坊の打った武器が見てぇが、そいつは無理ってもんか。ダリル、よろしく頼むぜ」
「ああ、バルゾイも長い間すまなかったな。ありがとう」
それはお前さんが気にする事じゃあねえだろうに──。
それを口にする前に、俺っちは光の粒へと変化して消えていった。
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