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海洋王国・“ロンディーネ”。オアーゼ大陸の北西に位置し、国の三方向を海に囲まれたこの国は多くの海洋資源と鉱山資源に恵まれ、地形が天然の要塞と化しているおかげで戦争の被害が少なかった事もあり、大陸の中で最も栄えている国である。大国なだけあって異世界からの移住者も数多く滞在し、彼らの知恵と才能によって、この一年の成長ぶりは他の国の追随を許さぬ程だ。
此処、ロンディーネの北東には魔法使い達の大多数が所属している“魔塔”と呼ばれる施設がある。建築当初は初代・魔塔主の残虐な行為のせいで悪名高く、度々魔塔の周辺でヒトや魔物が忽然と消えたりした為悪い噂しかなかったのだが、長い長い歳月と、現・魔塔主の貢献のおかげですっかり汚名を返上する事に成功したそうだ。だが、最上部が常に雲の中に隠れている程に高い塔の威圧感は消しようがなく、今でも魔法使いくらいしか立ち寄らない場所のままだ。
そんな塔の最上階には歴代の魔塔主のみが立ち入りを許される専用の部屋がある。そこでは扱いの難しい秘術の書かれた本や禁書扱いとされている貴重な書物、隠匿すべき歴史の裏側について書かれた古いスクロールまで保管されているそうだ。
初代・魔塔主は残虐な性格で有名だった。魔物や獣だけじゃなく、人間や獣人をも実験材料として扱い、素材が足りないからと異世界から生き物を攫って来ては、無尽蔵な魔力を使って、今では禁忌魔法と化した魔術を数多く生み出した。
『心の壊れた天才』
彼の部下であった魔法使い達は主人の事を影でそう称していたが、全ての始まりは彼の一番弟子であった少年からであるとは誰も考えすらしなかったそうだ。
初代・魔塔主が逮捕された時。その少年は己の存在を完全に隠して器用に逃げ切った為、数々の悪行は全て初代・魔塔主の仕業であると周知された。なので当時の国王は人格の破綻した者が再びトップに立たぬ為にと、『魔塔の主人になるにはそれ相応の資格を必要とする』と定めた。ヒトとして必要な良識がある事を一番の前提とし、最低限のカリスマ性、膨大な魔力、そしてその魔力を自由自在に操れる者でなければならない。塔の主人となる資格の有無を判断する魔法が魔塔主専用の扉に施されている為、何十年も魔塔主が不在だった時期が何度もあった。
現在の魔塔主の名は“レアン”。
スキアの肉体のモデルであり、ルスとリアンの教育者でもあった彼は、条件の厳しい魔塔主の座に着いてからかれこれ五十年以上も経っている。
当時はまだ無名の魔法使いでしかなかった彼が、ある日突然魔塔へやって来たかと思うと、何の苦労も無く主人の為の部屋の扉を開き、その日のうちに魔塔主への就任を果たした異例の人物だ。
半年程度の教育期間ではあったものの、ルスにとっては『育ての親』と言っても過言では無い程、世話になった人物でもある。ルスが“スキア”に体を与える為にと“想像力”を貸した際にモデルにした人物でもある為、スキアとは親子かと見紛う程に似ている。
——そんな彼の元の背後で、そこらじゅうにある影の中から音もなくスキアが姿を表すと、魔塔主・レアンは待ち構えていたかの様に振り返った。
「やっと来たか。もっと早くに来るかと思っていたんだが、随分と遅かったね」
頭からかぶっていたフードを脱ぎ、レアンがスキアの方へ振り返った。スキアよりも年輪を重ねた顔立ちではあるものの、微笑んだ表情には色気と優雅さがあり、ほうれい線や目尻のシワからは優しさが滲み出ている。
「…… 」
一方スキアは眉間に皺を寄せて黙ったままだ。警戒心を丸出しにしているせいか、二人はほぼ同じ顔立ちであるにも関わらず、随分と違う印象を有している。
「本当に…… 久しぶりだね。私と話に来たんだろう?さぁ、そこへ座って。まずはお茶でも淹れようか」
レアンがそう促すと何も無かったはずの空間にぽんっと一人掛けの椅子が突然現れた。丁寧な細工が施されたアンティーク調の椅子を一瞥し、スキアは素直に腰掛け、偉そうな態度で背もたれに体を預けた。
「すぐに帰るからお茶はいらない。ルスが昼寝の間に抜けて来たんだ、いつ目を覚ましてもおかしくはないからな」
膝置きに頬杖をついているスキアに対してクスッと笑うと、レアンは「わかった」と答えて彼も椅子に座った。そちらは元々この部屋にあった物で、彼の定位置となっている。
「何百年ぶり…… だろうね」
「さぁな、数えてもいないから知らない」
(これは、完全に拗ねてるなぁ…… )
ゆったりと椅子に座り、レアンは一切表情を変えずにそんな事を考えた。
二人は随分前に喧嘩別れした間柄だ。スキアの怒りの原因を作ってしまった身としては、『また会えればと長年思っていた』とレアンからは言い出しづらい雰囲気である。
「君とはいい別れ方じゃなかったからね、ずっと、謝りたいと思っていたんだ」
「…… 謝る?」とこぼし、スキアの眉間のシワが深くなった。
「あの当時は、全然全くちっとも悪いとは思っていなかったんだけどねぇ」
「——はぁっ⁉︎」
スキアが前のめりになり、怒りで顔を歪ませている。だがレアンの目には毛を逆立てた猫の様に映った。
「まぁ聞いてよ。…… 昔みたいに、さ」
懐かしむみたいな瞳を向けられ、スキアの体が少し後ろに下がる。スキアの創り出した暗黒の空間で 黒竜・リュークェリアスのまま実のない話をしていた過去を懐かしんでいるのは自分だけではないのだと察し、レアンの口元が少し緩んだ。
「あの時の私は、本当にあの行為が正しいものだったと信じていたんだ。だって、あの後君は私の危惧した通りに暴走し始め、一夜にして一つの都市を丸ごと夜闇の中に呑み込んだだろう?その後も色々な者達に憑依し、対象者達を堕落させては、数多くの命を蔑ろにしていったしね」
「…… 」
無言のままスキアは顰めっ面をしてはいるが、話の腰を折る気は無いようだ。
「『ほら見たことか!やっぱり私が心配した通りになっただろう?』ってね。…… でもさ、冷静になった時、ふと気が付いたんだ。『私が君を信じきれなかったせいで、この惨事が起こったんじゃないか?』ってね」
ずっと黙ったままだったスキアが、「…… やっと気が付いたのか」と小さく呟く。レアンの耳にもそれは届いたのだが、彼はスキアの心情を考え、聞こえなかったフリをしたのだった。