「見苦しいよ。こんな人気のない所で寄ってたかっていびるなんて。どっちが卑怯者だろうね?」
「な…」
「玲奈ちゃん。あんないい加減なヤツだけど、彪斗は一応君に別れる理由を言ったんでしょ?『中身のない、スカスカな石ころには飽きた』って」
「…!」
「あいつとはなにかと意見が合わなくて対立ばかりしてるけど、その理由を聞いた時は、珍しく俺も同感って思ったかな」
見る間に玲奈さんの顔が真っ赤になった。
玲奈さんの友達たちも、さすがに気遣うように玲奈さんを見つめる…。
「な、なによ…!じゃあ、こいつはちがうって言いたいの!?」
「そうだよ」
雪矢さんは王子様のように綺麗な笑顔を浮かべた。
「俺も彪斗も認めてる。この子は本物。『ダイヤの原石』だ、って。卑怯どころか、生徒会に入るべくして入るような存在だ。
…だから、ダイヤを前にして、わざわざ石ころを選ぶのはオカシイでしょ?」
「…!!」
玲奈さんが耐えるように床をにらむのを見て、雪矢さんは芝居がかったように、楽しげにうんうんとうなづいた。
「ダイヤは最高の輝きを放つけど、所詮、石ころはどんなに磨いても、ただの石ころ。なるほど、ダイヤに敵うはずがないんだもの、卑怯をしたくもなるよねぇ。石ころらしい、凡人の発想だ」
ついに、玲奈さんの目から涙が溢れた。
雪矢さん…努力している人に向かって、石ころだなんて…。
わたしをかばってくれているとはいえ、ずいぶん、ひどいこと言うんだな…。
「行こうよ…玲奈…」
「こいつらって、結局こういう人間なんだよ。わたしたちのことなんか、使い捨てにしか思ってないんだ」
「サイアクだよね」
玲奈さんは友達と一緒に去っていった。
去り際に、ものすごく怖い目でわたしをにらんで…。
ほどなくして、廊下にはわたしと雪矢さんだけになった。
「大丈夫だった?ひどいことをされたね…。ほっぺた、赤くなってるよ…」
雪矢さんの手が頬にふれてきた。
いたわるようそっとふれてきてくれたそのやさしさに、涙が零れそうになる…。
「大丈夫です…。助けてくださって、ありがとうございました」
「この近くを通ったら偶然君たちを見かけたんだ。ひどいめにあったね…。本当に運が良かった…。これでちょっとはこの前の名誉挽回となったかな?パークの時は、カッコ悪く遅れをとってしまったからね。…でも、正直おどろいたな。君があんなにはっきり言うなんて。すごく、かっこよかったよ」
かっこいい、なんて雪矢さんの口から言われて、わたしは恥ずかしいような、すっごくもったいないような気になる。
あんなに震えて小さい声だったのな…。
「ありがとうございます…」
「ふふ。ね?だから言っただろ?ダサいメガネや髪型はやめた方がいいって。君のその変化は外見に自信が持てるようになったからなんだろ?うれしいよ。君がやっと気づいてくれて…」
雪矢さんは本当にうれしそうに微笑んでくれた。
いつもやさしい言葉でわたしを包んでくれる雪矢さん…。
まるでお兄さんが妹の成長を喜んでくれるような穏やかな微笑に、胸がじんと温かくなる。
わたしは雪矢さんを見つめてはにかんだ。
「そんな…外見なんて…。確かに前よりかは少しはよくなったかもしれないけど、ぜんぜん、自信なんて…」
「…そうなの?」
「はい…。勇気を持てたんだとしたら、それは…彪斗くんのおかげです」
「彪斗?」
雪矢さんの表情が、瞬時にこわばった。
「ふぅん…。君がそうやって外見を変えたのも、彪斗の命令だからなんだ」
「命令じゃないけど…彪斗くんが言ってくれたから。…って言っても、玲奈さんたちの方が、どう見ても自信に溢れてて綺麗だと思うんですけど」
「そんなことない。君はぜんぜんちがうよ。言っただろ?玲奈は石ころ。君はダイヤだ、って」
言い聞かせるように、雪矢さんの手が頬を包んだ。
「ダイヤの原石」
それは、彪斗くんも言ってくれた言葉だ。
わたしはおそるおそる、でも真っ直ぐに、雪矢さんを見つめた。
「…じゃあ…自惚れてるって思われるかもしれないけど、素直に喜んでいいですか。自信持って、いいですか…?」
「いいよ」
わたしは頬が火照るのを感じながら、込み上げてきた笑顔をこぼした。
「うれしい…。きっと、彪斗くんもよろこんでくれると思います…」
雪矢さんの目が、ふいに苦しそうにほそまった。
するり、と頬を包む手がすべり落ちる…。
「君は、彪斗の話をすると、いつもそうやって笑うんだね…」
やさしい微笑…。
まるで、泣き笑っているように見えるのは、どうしてだろう…。
「ほんとに…可愛いね。外見だけじゃなくて、そんな、無自覚な小悪魔なところも…」
声は、しだいに囁き声になって、小さくなって、最後に、
どうして…俺じゃだめなのかな…。
そんな風に聞こえた気がした…。
どうしてそんな悲しい顔をしているんだろう…。
胸に鈍く痛みを覚えるわたしに、雪矢さんがゆっくりと近づいて、わたしを影の中に閉じ込めた。
かと思うと。
ほんのりと、ぬくもりと、柔らかさを感じた。
額に。
わたしのおでこにそっとキスをした雪矢さんが、顔を上げた途端、その亜麻色の髪の隙間に、人影を見た。
どうしてだろう。
わたしはその人の姿を見た瞬間、息を止めてしまった。
悪いことをしてしまった、子どものように…。
「優羽」
そこには、彪斗くんがいた。
彪斗くんは、無表情だった。
怒るでも、馬鹿にするでもなく、
ただただ無表情の、なにを考えているのか解からない顔。
すこし肩で息をしているのは、走ったからなのかな…。
わたしが急にいなくなったから、駆け回って捜してくれたんだね…。
チクンと痛む胸を無意識に抑えると、
「彪斗?」
雪矢さんも気づいて、振り返った。
「なんだ。お早い登場だな。
しかも、絶妙のタイミング」
からかうような口調で言った雪矢さんには目もくれず、彪斗くんはずんずんとわたしに近づいてくる。
「ご、ごめんなさい、彪斗くん…
勝手にいなくなっち」
「その頬、どうした」
「え…」
「どうしたって聞いてんだよ…!」
凄みのある声に、びくっ、とわたしは口ごもってしまう。
こらえきれず弾けたように泣きだした玲奈さんがチラついた…。
なんとなく、本当のことは言いたくない気がした。
「大丈夫だよ、彪斗。
感謝しろ。
おまえの小鳥はしっかり俺が守ってやったよ」
棘のある言葉を言う雪矢さんをギロリとにらむと、
「行くぞ」
彪斗くんは強い力でわたしの手をつかんだ。
「い…痛い、腕が抜けちゃうよ…!」
けど、彪斗くんは聞く耳持たない様子で、わたしを強引に引っ張っていった。
そんなわたしに、雪矢さんは黙って手を振るだけだった。
少し寂し気な顔で…。
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