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放課後の相談室。
西日が沈みかけていて、机の上の影がゆっくり伸びていた。
蓮司はペンを指で弄びながら、目の前の相手を見た。
「……“好き”がわからない」
椅子に腰を下ろしたまま、相手はぼそっと言った。
「恋愛とか、夢とか、“好きなこと見つけなきゃ”ってみんな言うけど、
俺にはそれがわからない。
誰かに“好き”って言われてもピンとこないし、
何かをしてても、“これが本当に好きなのか?”って考えてしまう。
なんか、空っぽなんだよ」
蓮司は少しだけ口を動かして、無表情のまま笑った。
「“好き”ってさ、最初から分かるもんじゃねぇよ」
「……でも、みんな普通に分かってるじゃん」
「分かってる“ふり”してるだけだろ」
蓮司は椅子の背にもたれながら、天井を見上げた。
「“好き”って言葉、便利なんだよ。
それっぽく言っとけば、安心するし、周りとも合わせられる。
でも実際、誰だって迷ってる。
好きなことが続かなくて焦ったり、
好きな人を前にして分からなくなったり。
“これが好きだ”って胸張れる奴のほうが、少ねぇと思うぞ」
「……じゃあ、俺みたいなのも、普通なのか?」
「“普通”の定義なんてない」
蓮司は淡々と答えた。
「“好きがわからない”って思えるのは、
ちゃんと自分の感情を見てる証拠だ。
何も感じてない人間は、そんな疑問すら出てこねぇよ」
相手は黙って頷いた。
カーテンの隙間から、光がゆらりと差し込む。
蓮司は視線を外さないまま、静かに続けた。
「“好き”ってのは、後から形になる。
最初は曖昧で、気づいたら続けてた――
そういうのが、本当の“好き”なんだと思う。
無理に探すもんじゃねぇ。
勝手に居座るんだよ、そういう感情は」
「……勝手に?」
「ああ。
人も、夢も。
“これだ”って頭で決めた時点で、ちょっと違う。
気づいたら心が向いてて、離れられなくなってる。
それが“好き”だ」
沈黙の中で、外の風がカーテンを揺らした。
蓮司は軽くため息をつき、机の上のペンを転がした。
「“好きがわからない”って言葉、悪くねぇと思うぞ。
それだけ探してるってことだし。
……その探してる時間ごと、“好き”なんじゃねぇの」
相手が少しだけ笑った。
その顔を見て、蓮司もかすかに目を細める。
「ま、分からなくてもいい。
“好き”って言葉に追われるより、
“まだ見つかってねぇ自分”をちゃんと生きろ」
“好き”は、探して見つかるもんじゃない。
気づいたら心の中に、勝手に居座ってる。
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