テラーノベル
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「……結局、目ぼしいものは何もなかったし、誰かが潜んでいる様子もなかったね」
「まあ、廃墟だからな。……少しでも価値のある物は誰かが運び出したんじゃないか?」
「こーゆーうら寂れた場所にはモウジャや怪異の類が良く吹き黙るって聞くけど……。あいつら、こんな場所で一体、何してるん?」
「あちら側のやつらの考えなんて、俺にだって分からんよ。ただ……」
「ただ?」
「この世に収まる場所がないやつってのは、いつの時代にもいるからな」
そんなやり取りを交わしながら——、うちとリョウが辿り着いたのは屋上だった。
手にした懐中電灯以外、一切の光源がない闇の中から眩しい陽の降りそそぐ世界への久しぶりの帰還だ。
高所に吹きつける風は強く冷たかったが、長時間、淀んだ空気に浸されていた身体には心地良いとさえ思えた。
ふと、うちは転落防止用の赤錆びた金網のフェンスに目を止めた。
嫌が応にも夢の中で神様がうちに見せた一連の映像が思い出される。
それは恐らくここを訪れた、あるいはこれからここを訪れる誰かの視界だ。
その誰かは、ただ一人、この廃墟の中を歩き進め、真っ直ぐにこの屋上まで辿り着いた。そして、躊躇う素振りすら見せず金網をよじ登り――、飛び降りた。
真っ逆さまに、地面に向かって。
「恐らくウサギのヌイグルミは――、あるいはヌイグルミに憑いてるやつは、飛び降りを防いでくれと伝えたかったんだろうな」
「そういうことやと思う」
リョウの指摘にうちは首を縦にふる。
「さて。これからどうするかだな」
顎に片手を当てながらリョウが言った。
「タイミングを見計って警察に誰かが廃墟に侵入したと通報するか、あるいは童ノ宮崇敬会の連中に事情を話して交代でここに張り込んでもらうか……。まあ、そんなところだな」
「え、ちょっと待ってや」
驚いてうちは言った。
「ここまで来て――、他人任せはないやろ? 夢で……神様のお告げうけたんは、崇敬会の人らやなくてうちやで?」
「それはそうだが……。自殺志願者がいつここに来るかもわからないだろう?」
「今日!」
半ばヤケになってうちは言う。
「その人が来るの今日やと思う!」
「思うって……。キミカ、お前な……」
「だから、うちが――ううん、うちとリョウでその人が飛び降りるの止めんと!」
「…………」
うちとしては思いっ切り譲歩したつもりだったが、リョウは露骨に苦い顔。
そんなリョウに向かってうちは手を合わせて懇願する。
「お願い! うちかて塚森家の人間として……! その、留守番ぐらいちゃんとできるようになりたいねん!」
短い沈黙の後――
「……分かった」
大きなため息をつきながらリョウが言った。
「だけど、万が一ってこともある。この中では俺の言うことを聞いてもらうからな。……それでいいか、キミカ?」
「う、うん! 聞く聞く!」
場違いとは思いつつも、うちは弾んだ声で答える。
この場面で声を弾ませるのは、どう考えても不謹慎だったが――、お父さんがお勤めから帰ってきた時、人の命を救えたと報告できるかもしれないと思うとワクワクして仕方がなかった。
「……じゃ、一旦、ここを出るか」
来た道を振り返り、リョウが言った。
「キミカが見たのは陽がだいぶん、西に傾いた頃だったんだろ? それまで、どこかで昼飯でも食って時間を潰そう」
「じゃあ、うちは――」
うどんが食べたい、と言いかけた時だった。
リョウの顔色がサッと変わった。
もともと大きな瞳がさらに大きく見開かれている。
その視線は一点に釘付けにされていた。
「リョウ? どないしたん?」
不安に駆られ、うちはその視線を追いかけていた。
そして、思わず息を飲む。
さっきは気がつかなかったけれど、うちらが車を停めて来た、コンクリートが打ちっぱなしになったスペースの少し先に大きな落書きが描かれていた。
それは石灰で描かれた円形の枠組みの中に閉じ込められた、一匹の青い魚……。
両目が不自然なまでに大きく飛び出しているから金魚かもしれない。
「何だ、これは? 誰がこんな馬鹿デカいものを……。いわゆる、グラフィティーアートってやつか?」
「ひょっとしたらバスキアの幽霊の仕業やったりして……」
リョウがうちをチラリと見た。
非難がましい目つきだった。
肩をすくめ、うちは言った。
「……冗談やんか」
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