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「こんなものか……」
私自身の記憶の始まりがその言葉からです。
「俺に仕える俺の分身──むさ苦しいのはかなわんな。となるとやはりメイドだろう。服はこう……背丈はそう、このくらいか。ふむ、髪型? そうだな──茶色の三つ編みで前はパッツンにしてみるか。案外悪くないと思うぞ」
キスミ様はそう独り言を口にしながら、壁に真っ黒のシルエットを描いていました。
人から見れば落書き。それを真剣に楽しそうな顔をして描いていました。
「うむ、上出来だろう。そうだな、これだと偏屈な奴が出てきそうだし……これも加えておくか。今の俺にはもう不要な物だからな」
そう言ってもう少しだけ描き足してキスミ様は両手を合わせる。
「我が魂の分体よ、今ここにその姿を顕せ。“生命創造”」
そして私はこの世界で生を受けたのです。
それは生き物では無いかもしれません。キスミ様の心の深くにある負の感情。恐らくは本人にしか分からない後悔の念、猜疑心なども主成分に、最後に与えられたそれは、違う世界でのキスミ様の淡い恋心でした。
キスミ様の心に墨の様に広がる強烈な記憶と、その中にあって大事にされてきた優しい心で形作られたもの、それこそが私なのです。
「お前の名はバレッタ。俺の分体としてサポートして欲しい。出来るか?」
キスミ様の初めてのお言葉。
「はい、キスミ様。仰せのままに」
最初から知っている丁寧な仕草で挨拶をしました。
「ああ、よろしく頼む……しかしあれだな。俺の好みがバッチリと反映され過ぎて無いか? これは隠さないと困る。けど不審者にするわけにもいかん。まあ、こういう時はお約束の似合わない丸メガネの出番だな。そうこれこれ、バレッタ掛けてみろ」
どこからか取り出して手渡されたそれはなるほどセンスを疑う眼鏡ですが、言わんとすることは分かります。分体ですから。
「うむ、完璧だな。ところで、分体とは言え自意識はあるはずだが、どうだ? お前はキスミか? それともバレッタか?」
「私は──」
その問いかけに少し考えて
「私はバレッタです。キスミ様に恋するメイドのバレッタです。どうぞよろしくお願い致します」
「そうか、そう作用するか。まあいい、バレッタ。俺が成すことは春色めいたことなどではない。だが死臭漂う荒野の道のりを俺と共に歩んでくれ」
「承知致しました。プロポーズとして受け取っておきます」
キスミ様の苦笑いはとても可愛いものでした。