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「社長ーー!!」
龍の困り果てたような、それでいて、かなり苛ついている声がする。
変わらず、子供、それも幼い泣き声が響き渡っている。
金原と八代は、不信に思いつつも、呼ばれるままに、居間──、櫻子を初めて通したあの部屋へ向かった。
金原の屋敷は、裏木戸がない。皆、門から入り、居間に面した中庭を通り抜け、裏口、お勝手へ回っている。
敷地への入り口が一ヶ所しかないというのは、不便そうではあったが、玄関で誰が来たのか確認出来る。金原の家にとっては、不審者が侵入しにくくなるため、都合が良かった。
そして、龍は、不自然に植えられている、あの桜の木の下で、しかめっ面で立ちすくみ、足元では、わんわん子供が泣いていた。
金原と八代は、何事かと縁側に出向く。
「社長!逃げられました!すいません!」
賭場で借金を重ねていた男を取り逃したと、龍は頭を下げた。
住み処の長屋へ出向いて見ると、もぬけの殻、子供だけが残されていた。
「まあ、そんな雑魚を捕まえても、どうせ、使い者になりはしない。一応、賭場の親方には、詫びをいれておけ。で……」
金原は、龍の足元へ視線を移すと、仕方なく連れて来たという、泣きじゃくる子供を見た。
「八代……、あれをどうする?」
「はあ、確かに。幼すぎますねぇ。下働きとしても、どうにも売れませんねぇ」
見る限り、三つ四つの、幼子のようだが、親が世話をしていなかったのか、着物は染みだらけ、髪は、もつれてぐちゃぐちゃ、顔も垢で汚れきっている。男か、女かすら、見分けがつかない状態だった。
「いや、俺も、幼すぎて使い道がねぇと、悩みましたが、取立てに来たんなら連れて行ってくれと、長屋の住人に泣きつかれ……」
龍は、あらましを言うと、渋い顔をした。
「はあ……仕方ない。生き肝屋にでも売るか」
生きている動物から取ったばかりの肝は、薬用にすれば特効があるとされた。が、それは、あくまでも、民間療法で、迷信に近いものだった。
「な、何を言っているのですっ!!子供ですよ!まだ、あんなに小さいのに!!それを、生き肝だなんてっ!!あなた達は、それでも、人ですかっ!!」
騒ぎを聞き付けた櫻子が、部屋へやって来ていた。
「……何がいけない?こちらは、商売なんだが?」
振り向き、櫻子を見る金原の瞳は、実に冷たいものだった。
「商売って!それで、どうして、人を売り買いする話に!それも、生き肝だなんてっ!!」
ぶるぶると、震えながら、肩を怒らす櫻子の姿を見ても、金原は、別段驚くこともなく、更に冷たく言い放つ。
「龍、その子供、連れていけ」
「待って!何をしてるのか、わかっているんですか?!」
櫻子は、驚きと怒りから、金原へ掴みかかっていた。
このままだと、泣いている子供は、生き肝を取られることになる。それは、つまり、命がなくなるということ。
「許せない!」
なんとしても、止めなければと、櫻子は、必死に金原へ食ってかかった。
「うるさいぞ、仕事に口出しするなっ!」
「でも、これはあんまりです!おかしいわっ!」
胸元へ掴みかかる、櫻子の手首を金原は簡単に払いのけると、龍へ、連れて行けと、再び声をかけた。
「鬼!!」
櫻子が、叫ぶ。
同時に、パンと、乾いた音が場に響き渡った。
右手を挙げて、呆然とする金原がいる。
その前には、左の頬を押さえ、金原を睨み付ける櫻子がいた。
「わかりました」
静かに櫻子は言うと、だっと駆け出し玄関へ向かった。
暫くの後、櫻子は、中庭へ回って来た。
「行きましょう!大丈夫よ!」
言って、泣きじゃくる子供の手を取り
「こんなところ、出ていきます!」
と、捨て台詞かのように言葉を吐き出すと、表へと向かって行った。
「な、なんてことを!キヨシーー!!」
遅れてやって来たお浜が、縁側へ駆け寄って来る。
「あ、あんた、櫻子ちゃんを、ぶったね!!なんてこと、したんだい!!」
「あ、あ、お、俺、後を追うわっ!」
何が起こったのか理解出来ないと、立ちすくんでいた龍も、お浜の言葉で正気に戻ったのか、駆け出そうとした。
「龍!!ほっとけ!!」
「キヨシ!!何が、ほっとけ!!だよっ!あたしゃ、許せない!」
お浜は、いうが早いか、金原の頬をぶつ。
いきなりのことに、金原は、殴られた頬に手を当てて、立ちすくんだ。
「ああ、そう言えば、明日、ドレスを見に行くんじゃなかったんですか?」
八代が、空々しく口を挟んできた。
「ああ……ドレスだ。明日は、ドレスを!あいつを追え!」
「社長、ドレスを作るために、櫻子さんを連れ戻すってことですか?なんだか、それは、いただけない話だ」
「八代、お前が、ドレスと言ったんだろうが!」
「ええ、まあ、そうですが、でも……」
八代が、言い終わらない内に、金原は、大きな呻き声をあげた。
「あっ、こりゃ、失礼。私の足は、長いもので、社長に当たってしまいましたか」
みぞおちに、八代の蹴りがまともに入り、金原は、その場にしゃがみこんでいた。
「確かに、八代の兄貴の言う通りだ。ドレスの為に連れ戻すのは、おかしいぜ。っつーより、殴った社長が、追いかけるのが筋でしょうがっ!!」
龍がいきり立つ。
「そうだよっ!!」
「ほっとけ、と、社長は言われた。ほっときますかねぇ」
「あっ!そうだよっ!!八っつさんの言う通りだ!」
「あー!腹減ったわ、そうだ、虎が買って来たあんパンあったなぁ」
龍は、すたすたと、お勝手へ向かい、そうだそうだと、お浜も、奥へ引っ込んだ。
「おや、もう、夕方。日が暮れますねぇ。すぐに暗くなってしまう。野犬も出歩くことでしょうねぇ」
ああ、腹減ったと、八代も、ぶつくさ言いながら、奥へ向かった。
頬を殴られ、蹴りを入れられ、さんざんな目に合った金原は、一人残される。
「……仕方ないだろうがっ!それが、俺の生業だっ!こうでもしなけりゃ、嫌でも、こうしなきゃあ、皆を守れない。あいつにだって、贅沢させられない……何が、いけないだ……」
金原は、縁側に座り込み、植え付けている桜の木を見上げた。
「……咲かねぇなぁ……。蕾はあるのに……。なんで、咲かねぇんだよ……」
くそっ、と、忌々しげに呟いて、金原は弱々しく立ち上がると自分の部屋へ向かった。
そして、勢い飛びだした櫻子はというと、連れて来た子供と共に、桑畑で、しゃがみこんでいた。と、いうよりも、二人とも、歩けなくなっていた。
「……ごめんね、大丈夫なんて、いいながら」
隣で心配そうに子供は、櫻子を見上げている。手は、しっかりと櫻子の着物の袖を掴んでいた。
日は暮れて、だんだん薄暗くなって来ている。誰しもが、心細くなる空気が流れ始めていた。
「おや、こんなところで、何してんだい?」
弱りこむ櫻子達へ、どこからか、声がかかった。