次の週、良は専務に呼び出された。
専務の名は白井徹(しらいとおる)。徹は婚約者桜子の父だ。
勤務時間内に呼び出される事は珍しかったので、良は少し緊張していた。
「失礼します」
専務室に入ると、徹だけではなくなぜか桜子の母・白井洋子(しらいようこ)もいたので良は驚く。
「お義母様もいらしてたのですね」
良は洋子に穏やかに話しかけたが返事はない。
洋子は良に対し、いつもにこやかに対応してくれたのに今日は明らかに様子が違う。
そして洋子だけでなく専務の徹も強張った表情でこちらを睨んでいたので、良は嫌な予感がした。
「長谷部君。君は私達に何か嘘をついていないか?」
突然そう聞かれた良は、自分の嫌な予感が当たっていた事を知る。
そして咄嗟に言った。
「それは一体何の事でしょうか?」
まだ確信部分には触れていなかったので、良はなるべく慎重に返答した。
「しらばっくれるつもりか? 正直に話した方が君の為だぞ?」
良はぎくりとする。
徹の強い口調は、全てを知っているという雰囲気を醸し出していた。
「そ、それはそのっ……つまり……」
「もうこれ以上嘘をつくな! 悪いけれど全部調べさせてもらったよ。君はかなりの借金があるみたいじゃないか? それもサラ金に! それだけじゃない。ご両親が亡くなられているのは事実みたいだが、妹さんは行方不明なんかじゃなくて東京にいるみたいだな。それもアダルト動画の女優をやってる? ハァッ! なんていかがわしい……」
「い、いえ……それはつまりそのっ……」
「見苦しい言い訳はせんでいいぞ。どうしてそんな嘘をついた?」
良の額に脂汗が滲み、ギュッと握った手のひらは湿り気を帯びて冷たくなる。
(もう終わりだ……全ておしまいだ……)
「どうした? ちゃんと話なさい」
そこで良は覚悟を決めて口を開いた。
「桜子を愛しているのは本当ですっ。ただ正直に話してしまうと結婚は出来ない……そう思いつい嘘をついてしまいました。大変申し訳ありませんでしたっ!」
良は誠心誠意を込めて力強く叫ぶと、二人に向かって深々と頭を下げる。
しかし桜子の両親は変わらずに冷ややかな目で良を見ていた。
その時桜子の母・洋子が口を開いた。
「うちの娘を騙した挙句、傷モノにしたのよ? どうしてくれるのっ? どうやって責任を取るおつもり?」
「そ、それはきちんと結婚して一生大切にさせていただくつもりですっ」
良の言葉を聞いた洋子は、呆れたような顏をしてから笑い声を上げる。
「オーッホッホッ……冗談もいい加減にしなさいっ! うちの大切な一人娘をそんな下品な男と結婚させるわけないじゃない。そんな事もわからないなんて、あなたって本当に馬鹿ね」
「えっ? で、でもっ、僕達は愛し合っているし既に婚約も……」
「だから婚約は解消って言ってるのよ! 借金があって平気で嘘をつくような男と結婚しても、桜子は不幸になるだけだわ」
洋子の言葉を聞いた良は、そこでようやく事の重大さに気付いた。
頭が真っ白になった良は、突然床に膝をついて二人に向かって土下座をした。
「本当に申し訳ありませんでしたっ! 深くお詫び致しますっ! このような事を二度としないよう深く反省し、今後は桜子に対して常に誠実に向き合っていきますので、どうか、どうか桜子との結婚は……」
「馬鹿者っ!!! この身の程知らずめっ!!! 恩を仇で返すような真似をしやがって!!!」
「本当よ。あれだけ良くしてあげたのに……ご両親がいない何の後ろ盾もないあなたを婿養子に迎えてあげようとしていたのに……すっかり顔を潰されたわ」
「君には本当にがっかりだよ。君は仕事も出来るし社内での信頼も厚かったから、これまで色々と目をかけてやってたのになぁ……だから余計に残念だよ。という事で桜子との結婚は白紙に戻してもらうよ」
「でもっ、それでは桜子の……桜子の気持ちはどうなるのですか? 彼女は僕と一緒になりたいと言ってくれていました!」
そこで徹は椅子から立ち上がると厳しい眼差しで良に言った。
「悪いが桜子はうちへ戻す事にしたよ。今頃はもう既に引越しを終えているだろう。あのマンションについてなんだが、名義は私になっているので君に出て行ってもらう事になる。まあすぐには無理だろうから、そうだな……今月いっぱいで出て行ってくれないか? こっちも年内にすっきりさせたいんでね」
「えっ? でもあのマンションは私も一部資金を出しましたが?」
「ハハッ、たった800万のはした金だろう? そうだな、その800万は慰謝料代わりにもらう事にするけど異論はないよな? 本当だったらもっと多額の慰謝料を請求してもいいくらいなんだから」
徹はニヤリと笑うとすぐに厳しい表情に戻る。
「そんなっ……それに、桜子はなんと? 何と言ってるんですか?」
「ちょっと! もう桜子の事を呼び捨てにしないでくれないかしら? 汚らしいっ!!!」
「す、すみませんっ、でも桜子さんはこの件に関して何と?」
「きっと今頃桜子は我が家に戻って君にメッセージでも書いているんじゃないか? もちろん娘は私達の意見に同意してくれたよ。だから何も問題はない」
「…………」
その時、良のポケットの中でブーッブーッとスマホが震える音がした。
「ほらほら噂をすれば。桜子からメッセージでも来たんじゃないか? 見てみろ」
気になった良は「失礼します」と言ってすぐにスマホを開く。
するとそこにはこう書かれていた。
【悪いけどあなたとはもう結婚できません。私に嘘をついていた上に借金まであったってパパから聞いてびっくり! あなたがこの私を騙していたなんて……ほんと馬鹿にするのもいい加減にしてよね! こんな事なら最初からパパとママの言う事を聞いておけば良かった。育ちってほんと重要! あなたみたいな育ちの人と結婚しようとした私が馬鹿だったわ! もう私には二度と連絡しないでね。あなたの顔なんて二度と見たくないんだから! あ~私の貴重な時間を返して欲しい。ほんとムカつく! じゃあさようなら! 桜子】
そのメッセージを読み、良はがっくりと項垂れた。
そんな良の事を薄ら笑いを浮かべながら見ていた洋子が言った。
「それにしても、二人の婚約を発表する前で本当に良かったわ」
「ああ、それだけが不幸中の幸いだったな」
「…………」
「あ、それから長谷部君。君は明日からもう出社しなくていいよ。君はクビだ。明日からはじっくり家で頭を冷やした後、転職活動でもしなさい。おっとその前に一日も早く引越しをよろしくな。あのマンションはすぐにリフォームしてから賃貸に出す予定だから」
「フフッ、良かったわね。あなたももう背伸びをして上流社会の一員のふりをする必要はなくなるのよ。この世界はあなたみたいな下級国民がいる場所じゃないの。明日からはちゃんとあなたに相応しい下界へお戻りなさい。あーほんと汚らしいったらありゃしない!」
洋子は思い切り顔をしかめると、レースのハンカチで口を覆った。
「という事で長谷部君、もう俺達の前に二度と姿を見せるなよな」
義理の両親となる予定だった二人のあまりの変貌ぶりに良は愕然としていた。
もう何を言っても無駄だと思った良は、のろのろ立ち上がるとその場で深く一礼をする。
そしておぼつかない足取りでゆっくりと部屋を出た。
ドアを閉めた後、良に耳に二人の会話が聞こえてきた。
「あー汚らわしいっ! だから私は反対したのよ。親もいないような施設上がりの男なんて絶対駄目だって!」
「本当にお前の言う通りだったな。いや、父親として反省しているよ。でも次は絶対に失敗しないからな。可哀想な桜子には育ちの良い男を早く見つけてやらないとな」
呆然とした表情の良は、ノロノロと廊下を歩き始める。
(ハハッ……とうとう俺もここで終わり……か……)
その後良は下りのエレベーターへ乗り一旦自分の部署へ戻ると、スマホをデスクの上に放り投げた。
そして再びエレベーターで一階へ降りると、コートも着ずに手ぶらのまま姿を消した。
コメント
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良が楓ちゃんにしたことは絶対許せる事じゃないけど、良も苦労はしたんだろうな。これをきっかけに更生してくれたらとは思う。楓ちゃんのためにも。
この両親も桜子も品位や情もなく残念な方達だわ💦 良の施設出身、楓ちゃんの出演した事まで調べ上げて蔑むとは。。楓ちゃんがどうかこれ以上誰からも傷付けられませんように🥺 一樹さん楓ちゃんを全力で守ってあげてね🫶💕
良、全てがバレて、何もかも失ったのは自業自得。。。 それはそうと、桜子の両親は、ホントに酷い!! きっと、その両親に育てられた桜子も、きっと同じ人種でしょう💢 これから、どうなるのか。 この事を、楓ちゃんが知ったら、一度は縁を切る覚悟をしたものの、優しい楓ちゃんは、心を痛めるのかな😢