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翠
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白子=脳みそ思ってた 😇
45
ジャラー・ウッディーンを軟弱な王と見なした貴族たちが、
アルー・ウッディーンを担ぎ上げたのか。
それとも――。
アルー・ウッディーン自身が、王に不満を抱く貴族たちを利用したのか。
それは、今となっては分からない。
ただ一つ確かなことは、アルー・ウッディーンが王に不満を持つ者たちを、
自らの周囲へ集め始めていたことである。
その狙いの一つとして、彼は中部エンドアへの軍事遠征を王に上奏した。
遠征には、彼の腹心であるザファール・カーンも同行した。
そして――。
アルー・ウッディーンは敵の首都ディーバを陥落させた。
戦果は莫大だった。
一万七千二百五十ポンドの金。
二百ポンドの真珠。
二万八千二百五十ポンドの銀。
王都へ帰還したアルー・ウッディーンを迎えた者たちは、
その膨大な戦利品に目を見張った。
本来ならば、これらは王に献上されるべきものである。
だが、アルー・ウッディーンは違った。
戦利品を遠征に参加した貴族たち、そして自らの軍勢に分け与えたのである。
それは兵たちへの褒賞であると同時に――。
彼に忠誠を誓う者を増やすための、極めて効果的な贈り物でもあった。
王は、その真意を確かめる必要があると考えた。
そして自ら、アルー・ウッディーンのもとへ向かおうとした。
「王よ、危険です」
側近の一人が、必死に王を引き止めた。
だが、ジャラー・ウッディーンは静かに首を振った。
「話せば分かる」
そして、穏やかな笑みを浮かべた。
「甥であり――息子なのだ」
その言葉に、誰も答えることはできなかった。
王はまだ知らなかった。
自らが息子と呼ぶその男が、すでに王座へ続く道を歩き始めていることを。
*
王は、アルー・ウッディーンの陣幕を訪れた。
陣の中は、驚くほど静かだった。
王を迎えるための兵も少ない。
側近たちは、その異様な静けさに警戒した。
だが、王は気に留めなかった。
甥を疑う理由など、自分にはない。
そう思っていた。
王が陣幕の中へ、一歩足を踏み入れた。
その瞬間だった。
――ザンッ!
背後で、何かが倒れる音がした。
王が振り返る。
付き従っていた護衛兵が、血を流して地面に崩れ落ちていた。
「……何を?」
王が異変を悟った、その時だった。
脇腹に、鋭い痛みが走った。
短剣が、深々と突き刺さっていた。
王はゆっくりと顔を上げる。
目の前にいた男。
短剣を握っていた男。
それは――紛れもない、愛する甥であった。
アルー・ウッディーン。
王が息子のように可愛がってきた男だった。
「お許しください……」
アルー・ウッディーンの声は、震えていた。
「あなたでは……モンゴリアを追い払うことは、叶わぬのです」
王は答えなかった。
ただ、甥の顔を見つめていた。
「妻を殺された者に……」
アルー・ウッディーンの声が震える。
「子を奪われた者に……」
握りしめた短剣の柄が、小刻みに震えていた。
「あなたの言葉は……もう届かぬのです」
王は黙って、その言葉を聞いていた。
「国が……望んでいるのです」
アルー・ウッディーンは、涙を堪えながら言った。
「報復を……」
そして、もう一度。
「復讐を……」
次の瞬間。
短剣が、さらに深く王の胸へと突き立てられた。
誰も動かなかった。
王もまた、倒れなかった。
胸に深々と突き刺さった刃をその身に受けながら、
ただ目の前の甥を見つめていた。
そこに怒りはなかった。
憎しみもなかった。
やがて王は、ゆっくりと手を伸ばした。
血に濡れた手が、アルー・ウッディーンの頬に触れる。
甥の身体が震えた。
その手が、今度はゆっくりと頭へ移る。
まるで幼い頃の甥を慈しむように。
「……息子よ」
その一言に、アルー・ウッディーンの顔が歪んだ。
「お前を……許そう」
「王……」
声にならなかった。
王は微笑んだ。
そして、最後の力を振り絞るように言った。
「よき王となれ……」
それが――。
ジャラー・ウッディーンの最後の言葉だった。
頭に置かれていた手が、ゆっくりと落ちる。
王の身体が崩れた。
「王……?」
アルー・ウッディーンは、その場に立ち尽くしていた。
目の前に倒れた男。
自分を息子と呼んでくれた男。
最後まで、自分を信じていた男。
その命を奪ったのは――自分だった。
アルー・ウッディーンは、何も言えなかった。
ただ、震える手で短剣を見つめていた。
自分が何をしたのか。
その重さを、ようやく理解した。
だが――。
もう、遅かった。
*
王都デルー。
ジャラー・ウッディーンの死を知らせる報が届いた。
王妃マリカイ・ジャカワンは、その報告を聞くや、表情を変えることなく命じた。
「よくやってくれました」
そして、すぐさま側近たちを呼び集める。
「ルクン・ウッディーンの即位の準備を始めなさい」
王妃の声に、迷いはなかった。
王が殺された。
だが、宮廷は悲しみに沈む暇さえ与えられない。
次の王を立てなければならない。
「アルー・ウッディーンには、望む褒美を与えましょうぞ」
王妃は、そう言って微笑んだ。
その頃――。
アルー・ウッディーンは、王都デルーへ向けて軍を進めていた。
その軍中で、側近の一人が笑いながら言った。
「まったく、馬鹿な親子ですなあ」
アルー・ウッディーンは、何も答えなかった。
「自分たちが次にどうなるかも知らずに……」
その言葉にも、アルー・ウッディーンは黙したままだった。
ただ、馬上から前方を見つめていた。
遠くに、王都デルーが見えていた。
その胸の内には、先ほどまで自分を見つめていた男の顔が残っていた。
――息子よ。
――お前を、許そう。
――よき王となれ。
アルー・ウッディーンは、何も語らなかった。
ただ黙って、馬を進めた。
*
王都デルーへ近づくにつれ、異変は次々と起こった。
かつてジャラー・ウッディーンに仕えていた側近たちが、
一人、また一人とアルー・ウッディーンのもとへ寝返っていったのである。
王を失った宮廷に、もはや忠誠を貫こうとする者は少なかった。
そして――。
アルー・ウッディーンは、満を持して王都デルーへ入城した。
抵抗する者はいなかった。
王都は、静かに新たな主を迎えた。
アルー・ウッディーンは、まずルクン・ウッディーンを捕らえた。
そして、その目を潰した。
王位を継ぐ可能性を、永遠に奪うためだった。
王妃マリカイ・ジャカワンもまた捕らえられ、息子とともに軟禁された。
こうして――。
アルー・ウッディーンは、王位に就いた。
その即位を祝う歓声は、なかった。
人々はただ、恐れた。
モンゴリア帝国。
草原から押し寄せ、国を滅ぼし、人々の命を奪い続ける恐怖の軍勢。
その恐怖にさらされた国に、今度は別の恐怖が生まれた。
恐怖には、恐怖を。
モンゴリアの脅威に対抗するため、同じく恐怖をもって国を支配する王。
アルー・ウッディーン・ハルジー。
彼は今、王となった。
そして――。
モンゴリア帝国と戦うための、もう一つの「恐怖の王」が誕生した。
コメント
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いやあ……読んでて胸が締め付けられました。ジャラー王が「息子よ」と許しながら倒れる場面、涙なしには読めなかったです。アルーも震える手で短剣を握るしかなかったんでしょうけど、それでも「よき王となれ」の重みがじわじわ来ますね。恐怖で恐怖を制す、というタイトルの意味もラストで腑に落ちました。歴史の冷酷さと人間の哀しさが共存した、とても印象的な回でした。