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録音機の回転が、かすかにぶれた。
ざ、というノイズのあと、祖父の声が続く。
『もし、眩しい箱を名乗るやつが来たら』
その場の全員が顔を上げた。
『渡すな』
短く、強い言い方だった。いつものやわらかさがない。工房で何か危ない時にだけ出した声だと、サペには分かった。
『光る石も、相談の帳面も、舞台の仕組みも。あいつらは人を喜ばせる顔で来るが、欲しいのは中身じゃない。人の困りごとに値札をつけるやり方だ』
ズジがすぐさまメモを走らせる。マイナは録音機の横で、時間を見ながら要点を書き始めた。
『名前だけはきれいだ。眩しい箱。だが、箱が眩しい時ほど、中を見ろ』
工房の蛍光灯が、ちょうどその時小さくまたたいた。
祖父の声は続く。
『もし俺たちが間に合わなかったら、舞台を止めるな。困った人をつなぐ手を止めるな。名刺は道具だ。悪魔にもなるが、橋にもなる。橋の方を選べ』
そこで録音はぷつりと途切れた。
しばらく誰も動かなかった。まるで、今この場にいないはずの人が、工房の隅で腕を組んで立っているみたいだった。
最初に息を吐いたのはジュレイだ。
「十分すぎる証言です」
「証言っていうか、遺言に近いな」
ズジが言う。
エリアは机に手をつき、目を閉じたままつぶやく。
「眩しい箱って名前、昔の演目から勝手に持っていっただけじゃない。最初から狙ってたんだ」
「善意の仕組みごと」
マイナが補う。
サペは録音筒を両手で包んだ。怒りもある。悔しさもある。けれど、それだけじゃなかった。
橋の方を選べ。
その言葉が、胸の奥で妙にあたたかかった。
「サペ」
キオノフが静かに呼ぶ。
「どうする」
サペは少しだけ考えたあと、顔を上げた。
「まず、守る」
「何を」
ピットマンが聞く。
「この録音も、人形も、帳簿も。あと、公民館の保管部屋。眩しい箱は、こっちが何をつかんだか知ったら、取りに来る」
リボルがうなずく。
「見張りは組める」
「それと」
サペは続ける。
「次は、向こうが奪った名前をこっちで使い直す。悪魔の名刺じゃなくて、橋の名刺として」
エリアが顔を上げる。
「いいじゃん。それ、絵になる」
ズジが笑う。
「やっと少し、攻める顔した」
工房の外では、雨がまた細く降り始めていた。
屋根を打つ音は静かで、けれど確かだ。
サペは片目のない人形を見た。
まだ目は戻っていない。舞台も止まったままだ。けれど胸の中には、ちゃんと声が残っていた。
その時、工房の入口で、きい、と戸が鳴った。
全員が振り向く。
立っていたのはンドレスだった。
濡れた髪の先から雫を落とし、右手の中には赤い石を握っている。
「……これ」
彼は言った。
「たぶん、おまえらが探してるやつだ」
#勧善懲悪
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