放課後の相談室に、ためらいがちに扉が開いた。入ってきたのは、俯いたままの女子生徒だった。
「……日下部くん。ちょっと、聞いてほしいことがあって」
彼女は机の角をぎゅっと握りしめる。
「親に、全然認めてもらえないんです。勉強しても、部活で頑張っても……『まだ足りない』って言われる。褒められた記憶なんて、ほとんどなくて。
……もう、どうすればいいのかわかりません」
日下部は少し黙って、それから目を細めた。
「……つらいな」
女子はかすかにうなずく。
「でも、親に言い返す勇気もないし。無視したら“反抗的”って怒鳴られる。だから、結局……がんばるしかなくて」
その声は震えていた。
「でも、どれだけやっても“まだ足りない”って……じゃあ、私は一生、足りないままなのかなって」
日下部は背もたれに深くもたれ、天井を見上げた。
「……俺も似たようなもんだよ。何やっても、ちゃんと見てもらえねぇ。
認められるために頑張って、それでも足りねぇって突きつけられる」
女子は目を見開いた。
「日下部くんも?」
「……ああ」
彼は短く答える。
「でもな。考え方をひとつ変えると、少しは楽になる」
「……考え方?」
「親に認められねぇ=お前がダメなんじゃない。
“その親が”認める器じゃないだけだ。
器が小さいやつに、無理やり詰め込まれて潰れる必要はねぇ」
女子は息をのんだ。
「もちろん、認めてほしい気持ちは消えねぇよ。でもな……
誰かに認めてもらわなくても、自分がやったことは“確かにそこにある”。
それを信じていい」
沈黙が落ちた。
女子は下を向いたまま、口元を押さえ、やがて小さく笑った。
「……そんなふうに考えたこと、なかったです」
日下部は視線を窓の外に向け、ただ一言。
「お前がダメなんじゃねぇ」
その言葉は、夕暮れの光に溶けるように静かだった。
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