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説明会の本番当日、箱庭座の前には朝から人が並んでいた。新しい未来を見たい人。今の店の行く末を知りたい人。ただ不安だから、とにかく話を聞きたい人。
サペたちも別々に会場へ入る。
前室の幕が開くと、光が走った。白い映像、柔らかな音楽、笑顔で歩く家族の映像。まぶしいのに、なぜか足元だけが冷える演出だった。
テオハリが壇上へ出て、滑らかな声で語る。
「透羽市の皆さまへ、見える明日を」
会場のあちこちで、小さく拍手が起きる。
その時、照明が一段落ちた。
奥の通路から、一人の女がゆっくり現れる。黒に近い深い色の衣装。細い指先。笑っているのに、目だけが少しも笑っていない。
アイナグルだった。
彼女は舞台中央へ立つと、観客を眺めるように一度だけ首を巡らせた。
「未来って、きれいな言葉でしょう」
声は低くない。むしろ耳へやさしく入る。だから余計に、言葉の中身がぞっとする。
「でも、すべてを守ったまま新しくなることなんて、ありません。誰かが場所を譲る。誰かが夢を小さくする。誰かが恋をあきらめる。幸福は、そうやって配分されるものです」
客席が静まる。
アイナグルは薄く笑った。
「いいえ」
そして自分で首を振る。
「もっと正確に言いましょうか。幸福は奪い合いよ。譲り合いでは足りない」
その一言で、サペの中の何かがかちりと鳴った。
隣の席でエリアが拳を握る。ズジは目を細め、マイナは資料の端へ爪を立てる。会場の後方では、スレンが出口までの距離を測っていた。
サペははっきり理解した。
黒い名刺を配っていたのは、ただ金のためだけの連中じゃない。奪うことを美しい理屈へ変える人間が、真ん中にいる。
舞台の上のアイナグルは、雨上がり公園の古い舞台を見下ろすみたいな目で客席を眺めていた。
「さあ、選びましょう」
彼女は両手を広げる。
「古い痛みを抱えたまま沈むか、まぶしい箱へ入るか」
その言葉を聞いた瞬間、サペは静かに立ち上がった。
まだ何も暴いていない。まだ止めてもいない。けれど、敵の顔だけは見えた。
雨の匂いのしない、乾いた箱の中で。
善い側に立つための怒りが、ようやく名前を持った。
#勧善懲悪
#勧善懲悪