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契約だとしても side篤人

 

初めて会ったのは、入社してすぐ。営業部に配属され、隣の部署である商品開発部に挨拶にいったときのことだった。

「藤原花音といいます。分からないことがあったらいつでも聞いてくださいね」

穏やかな笑顔、透き通るような綺麗な声。かわいらしいその人に目が釘付けになった。

藤原さんは、本当に優しい。顔も可愛いし、スタイルもいいし、仕事もできる。

商品のことについて質問すると、いつも的確な答えが返ってくる。

頼りになるきれいな先輩というポジションだったのが、

「好きな人」に変わったのは、藤原さんが、商品開発部の人と付き合っていると知った頃だった。


恋をしたせいなのか藤原さんは可愛さだけではなく、色気が増してすごくきれいになった。

気がつくと彼女を目で追いかけて、用がなくても声をかけている自分。彼女のことが好きだと自覚したのが遅すぎた。

このまま彼女が幸せになっていくのをただ見ているだけの自分が、情けなくて仕方なかったが、諦めの境地に至っていたのは確かだ。

そろそろ結婚するのかな。2人からそんな雰囲気が漂い始めていた頃、どうやら別れたらしいと噂で聞いた。

別れた理由は、相手が心変わりをしたからだと聞くと、イライラが募った。


真相を確かめたくて、彼女がひとり残業していたのを見て、わざと自分も残って作業した。

急ぎの案件じゃないけど、彼女と話がしたい一心だった。 リフレッシュルームで一緒にコーヒーを飲んでいると、彼女がぽつぽつと恋人と別れた話を始める。

うんうんと聞いていると、だんだん彼女もヒートアップしてきたのか、語気が上がって感情が揺れているのがわかった。

「絶対復讐して、ぎゃふんと言わせてやる!!」


いつもの穏やかな彼女からは想像もつかないような言葉に驚く。

ぼろぼろと涙を流しながらそう告げる彼女を見ていると、不穏な気持ちが湧いてきた。

失恋したばかりの彼女につけ入ろうなんて、ゲスすぎる。

その自覚はあったが、これ以上のチャンスはないように思えた。

「ギャフン……ね」

「だって、2回目だよ。いくらなんでもひどすぎる」

「へー」

平静を装うので精一杯。ブレーキをきちんと踏んでいなければ、彼女に思いを告げてしまいそうだ。そのくらいの焦りがあったと思う。

ぐいっとコーヒーを飲み干すと、彼女に目を遣る。床に目を落として、下唇を噛んでいる彼女。その姿すらかわいくて仕方ない。

今すぐ抱きしめて、恋人との記憶を上書きしてあげたい。めちゃくちゃにして、その悲しい気持ちを忘れさせたい。

そう思って頭をフル回転させ、どうしたら一緒になれるかを最大限考える。

真っ黒い感情そのままに、湧き出たことを口にした。

「……俺が協力しましょうか?」

「え?」

復讐の協力者をするという提案。もちろん裏がある。

「復讐、するんでしょ?」

わざとらしく彼女の顔を覗き込む。彼女にとっても、協力者がいたほうがいいだろう。これを断ることはしないと踏んで彼女に迫る。「うん……復讐したい。永井くん、手を貸してくれる?」

「いいですよ。でも、ただじゃいやです」

ただの協力者じゃ、いまと何も変わらない。彼女にもっと近づきたい。それが恋人という関係でなくても。

「わかった。いくらほしいの?」

「金じゃなくて」

金なんかいらない、あなたが欲しいです。そのかわいい唇に、キスがしたくて顎をすくう。いい匂いがしてくらっとし、この場で押し倒したくなる。

「藤原さんが欲しいです」

「わ、私……?」

「復讐が終わるまで、サブスクで」

よくここまでひどい提案ができたものだ。サブスクで欲しいってことは、ほぼセフレになってということに等しい。

「サブスクって何?」


藤原さんは、キョトンとして首を傾げる。時々天然なんだよな。そこがかわいいところでもあるけれど。

あんまりピンときていないのなら、分からせてあげようか。俺がどれだけあなたを抱きたいと思っているか。

藤原さんの喉元にとんっと指を当てて、その言葉を口にする。

「藤原さんの躰、復讐が終わるまで堪能させてください」 

「躰?」

思わず口にした言葉に、余計な尾ひれをつけてしまった。でも|契約《・・》にしたほうが、受け入れてもらえるんじゃないかという打算もあった。「はい、セックスするってことです」

「あー……」

この勢いなら、それも受け入れてくれそう。そんな気がしていた。


じっと藤原さんを見つめると、何だかぐるぐると考えている様子。ややあって、彼女が口を開いた。

「な、永井くん」

「はい」

「キス……」

「え?」

「キスじゃ、だめ? キスのサブスク」

はい? キスのサブスクは無理でしょ!! キスだけでおしまい? 毎回生殺しの拷問を受けるってことだよな。無理無理無理、ぜっったいに無理!!!

契約交渉は最初が肝心だ。

「俺、そんなんで満足するお子ちゃまじゃないです」

「なっ……だ、だって……」

だって……何? ぽっと頬を赤くして、床に目を落とす藤原さん。

あれ、思ったより脈あるのかも。

復讐のためとはいえ、いきなりじゃ困るだろう。こういう時は試してみるのが一番いい。

「試してみますか?」

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