「……あなたは、なぜここへ?」
「簡単な話です。
買い取ってくれた店が無くなったが、レンタル期間は続いている。
私たちは、その仲介役に過ぎません。それだけです」
(いやいや、車の保険屋か!!
“契約は続いてまーす”じゃねぇよ!)
「つまり……僕のレンタル期間が、来たということですか」
早い……と感じたけど、
そもそも最初に契約期間なんて聞いてなかったし。
普通っちゃ普通か。
「と、とりあえずお茶をどうぞ!」
よし、とにかく時間稼ぎだ!
俺のおもてなし力とトーク力、甘く見るなよな!!
「随分と素直になったな」
「最近、この生活に……慣れてきましたので」
(いやマジで、誰のせいだと思ってんだよコラ)
「それにしても、こんな古臭い家によく住んでられるな。
アバレーにまで来て、グリード様式の建物とは……
……あぁ、なるほど。人間だから建築ウッドが買えなかったのか?」
「は、はは……」
(いや!いいだろこの家!
元の世界に近くて落ち着くっつーの!
あんたらのファンタジーすぎるウッド建築、
正直、精神疲れるんだよ!!)
大マスターは、当然のように出されたお茶を啜る。
(……チッ、下剤でも仕込んどきゃよかったな。
でもまあ、そういう発想すら奪われるのが――
奴隷の呪いってやつか)
「それで、最近はどうだ三十五番。
ちゃんと”使われて”いるか?」
「えぇ、それはもう、すごく」
(じいさんごめん。盛大な嘘です。
でもここで正直言ったら俺、消されます)
大マスターは満足げに頷いた。
「それはそれは結構。
なら、ここの貧乏くさい爺も信用できるな」
「は、はは……」
(……なぁ、
つまり俺たち奴隷は――
ボロボロのゴミ雑巾みたいに、使い潰されるのが当たり前ってことかよ)
営業スマイルで顔を固めながら、
心の中で毒を撒き散らす。
____________
《じいさん 帰宅》
「おーい、帰ったぞ……む」
扉を開けたじいさんが、空気の異変に気づいた。
「誰じゃ?」
「これはこれは、ご丁寧に。
私は『女神の翼』の幹部。
アオイを回収しにまいりました」
「……ここまで来るとはな。
ここら辺の魔物は、手強いはずじゃが?」
「ふふ、それを超える戦力が、こちらにはおりますので」
(たぶんエスだろうな。あのクソチート男)
「さて、本題に。
先ほど申し上げた通り、アオイはレンタル期限が満了しましたので――
こちらで引き取らせていただきます」
「……そいつの店は、潰れたと聞いとるが?」
「えぇ、承知しております。
ですが、アオイを買ったのは”個人”です。
今頃、買った奴隷たちで何か別の稼ぎでも考えているんでしょうね。
……まあ、私の知ったことではありませんが」
「……」
じいさんは、無言で静かに時を流す。
(……あぁ、やっぱ帰りたくないな……)
「時間ですね。それでは」
大マスターが魔法を発動した瞬間――
(……え? ……いやだ。
行きたくない。
ここに……いたい!!)
体の奥から湧き上がる、抗いがたい拒絶。
「さあ、帰るぞ」
「……」
ドアに手をかけた、その時。
「おかぁさん? どこいくの?」
「……ユキちゃん……」
玄関先に、心配そうに立つユキちゃん。
「えーっと……お母さんはね、またお仕事に行くんだよ」
「え……」
「だからまた今度――」
「だめ!!」
ユキちゃんが、俺の足にしがみつく。
――必死に。全力で。
(……すげぇ……こんなに細い腕なのに……
これが、本気の”想い”ってやつかよ……)
「ユキちゃん……」
「おかぁさん、言ったもん! どこにも行かないって!」
「……そうだけど」
「嘘はだめっ!! やっと、やっと来てくれたのに……」
震えるユキちゃんの小さな背中。
「ユキ、迷惑をかけるんじゃない」
「でも! じぃじ!」
「仕方ないんじゃ。
仕事に、行かせてあげるんだ」
「……」
ユキちゃんは、力なく俺から手を離した。
大マスターを、涙をこらえながら見上げる。
「お……おじさんは、おかぁさんのお仕事の人……?」
「そうだよ、お嬢さん。
君が大人になったら、また取り戻せるかもしれませんね」
「……大人に……」
膝から崩れ落ちるユキちゃん。
(……ごめん、ごめんな、ユキちゃん……
大人になる頃には、俺のことなんか――)
「そんなの……待てない!!」
「っ!!?」
爆音。
赤い閃光が、大マスターをかすめた!
(!?)
振り返ると、
ユキちゃんが、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま――
魔方陣を展開していた。
「おかぁさんは、もうどこにも行かせない!」
「……ガキが。
調子に乗ると、奴隷にするぞ」
「ひっ……でも……それでもユキのおかぁさんだから!」
「このガキがぁ!!」
怒りに満ちた大マスターがユキに迫る。
(……っ! 間に合え!)
「……どういうことだ、三十五番」
「……すいません」
俺は、
ユキちゃんを庇うように、大マスターの前に立ちふさがっていた。
「ふむ……」
無言で俺を見つめ、
やがて大マスターは、じいさんの方へ向き直る。
「私と直接、商談をしますか?」
「……いいじゃろう」
大マスターとじいさんは、無言で家の奥へと消えていった。
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「おかぁさん……おかぁさん、おかぁさん!! うわああん!!」
「よしよし……」
泣きじゃくるユキちゃんを、
俺はぎゅっと――優しく、抱きしめた。
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