重い。
まぶたを開けた瞬間、全身が鉛のように沈んでいた。
布団の感触さえ、どこか異物のようで、背中に刺さる。
口内が乾ききっている。
寝汗でシャツは湿り、体の節々が焼けるように痛んでいた。
昨夜まともに眠った記憶すらない。なのに、身体だけは確実に限界へと落ちていっていた。
遥は、微かに眉を寄せたまま、枕を噛むようにして呻く。
「……っ、いかねぇと……」
喉が潰れて声が出ない。
それでも、腕を持ち上げようとする。だが、上がらない。
肋骨の奥がずきりと痛み、背中の傷が軋んだ。
昨日、教室で誰かが言った。
「今日も反応よかったな、あいつ」
「……しつけ、されてんじゃね?」
「てか、日下部、最近やたら“飼い主”っぽくね?」
──違う。違うのに。
「……なんで、勝手に……」
遥は、かすれた声で呻いた。
すると、部屋のドアが少しだけ軋んで開く。
日下部が、カーディガンの袖を肩にかけたまま、コーヒーを片手に入ってきた。
目の下に軽い隈が浮かんでいるが、眠そうな素振りは一切なかった。
「起きてるなら黙って寝てろ」
遥は何も返さない。代わりに、無理に身体を起こそうとする。
「……学校、行く」
「へぇ。歩けんの?」
「……無理でも、行く」
その一言に、日下部の眉がピクリと動いた。
だが、呆れたように短く息を吐いて、壁に肩を預けたまま言う。
「オレも休むわ」
遥はその言葉に驚いて、やっと顔を上げた。
日下部は、どこか気だるげな調子のままで言葉を続ける。
「“飼い主が、しつけ中なんで”って言っときゃ、あいつらも手出ししづらいだろ」
冗談のような口調だった。
けれど、その一言に、遥の胸がひどくざわついた。
「……ふざけんな……」
「ふざけてねぇよ。あいつら、“理由”があるとやりにくいらしいから」
「……オレ、ペットじゃねぇ」
「知ってる。でも、おまえが勝手に従ってんだろ」
その一言が、遥の中で刺さった。
反論しようと開きかけた口が、痛みと共に閉じる。
呼吸を一つするだけでも、肋骨がきしむように痛んだ。
日下部は、遥の苦痛の表情を見ても特に表情を変えず、淡々と告げた。
「今日一日、何があってもベッドから出るな」
「……命令かよ」
「ちげぇよ。……“提案”だ」
そこでようやく、遥は少しだけ目を伏せた。
「……明日も?」
「明日のことは、今日生き延びてから考えろ」
──そうして、
二人は同じ家にいて、それぞれ別の地獄に向かっていた。
遥は、逃げ場のない「安心」に閉じ込められたまま、
学校という地獄を休むことで、
別の“責め”が始まる予感を、微かに感じていた。