テラーノベル
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夜の練習室に、シューズと床が小気味よく擦り合う音と、息を切らしながらカウントする声が響く。
「……、めめぇ、ちょっと休憩しよやぁ…。」
背後から 呼ばれるままに振り返れば、康二は肩で息を整えながら眉根を寄せて多少の疲れの色を滲ませた表情をしていた。
「ごめん、無理に付き合わせた?」
「全然そんなことないで?…ないねんけど、」
流石にちょっと疲れたわぁ、と壁際に置かれたペットボトルを掴み、キャップを開けながら身体を壁に背中を預けてずるずると座り込む。
小さな溜息を吐きながら目線は遠く、手元を見ることなく水に口をつけるまでが惰性であるように流れる所作。汗に濡れた鎖骨と、飲み込む度に上下する喉仏に、一瞬息を呑んだ。
──ふる、と小さく首を振る。…今何を考えていたんだ、俺は。
とりあえず休憩はしておこうと、座り込んでいる康二のすぐ横に置かれた水を目的に歩を進め、彼同様に腰を下ろしてペットボトルのキャップを開けたその3拍後。
ずし、と俺の右肩に重みを感じたと同時に、一刹那だけ身体が硬直した。
「…何でやろなー。めめの隣、落ち着くわぁ…。」
思考と一緒に目も泳いだのが自分でもよく解った。僅かに右側に目をやれば、明るいオレンジブラウンが視界に入る。
日頃からなんか近いなとは思っていたが、積もり積もって最早当たり前のようになっていたこの距離感も、今となっては心臓に悪い。
「髪、乱れてる。」
練習直後よりも跳ね上がる鼓動を無視して俺はポーカーフェイスを貫き、そっと康二の髪へと伸ばした。それでもその手は心に本当に正直なもので、少しだけ震えていた。
指先が触れた瞬間、弾かれたように康二は勢いよく置いていた頭を離した。その際、双眸が動揺に似た感情に揺れたのを俺は見逃さなかった。
突然のことに俺は小首を傾げる。何かを誤魔化すようにぐしぐしと触れた辺りをやや雑に指で梳かしながら、
「いやその…そういうの、なんか──狡いわ。」
目も合わせずに康二は呟いた。
「何が?」
「そうやって、ふとした時に無自覚に触ってくるん。…ずるいて。」
《この人たらしめ。》そう悪態を吐く康二も、普段からなかなかの人たらしだと思うんだけどなぁ。そんなこと言ったら多分火に油だから、俺はその言葉を水と共に腹の中へ流し込んだ。
耳をすませてやっと聞こえる程、遠くで他のメンバー達の騒がしい声。ドアが開くまで多分、あと1分半くらい。
今のうちにどう揶揄ってやろうかな。
でも──間違っても俺の気持ちは悟られないように。
自然に角度が上がる口許がバレないように、右手で隠して、頭は左側に向けて。
《いや無視はやめぇって!》といじける彼に悪戯心擽られるがまま、思考回路をぐるぐると回し始めた。
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