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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「——此処、は?」

小さな頭を左右に振って現状を理解しようと必死になっているユキの前に立つ。だけど御主人から与えられたこの空間は万物の影の中に存在する為、真っ暗で何も見えないから、ユキはすごく不安そうだ。左右どころか上下すらもわからなくなるくらいの闇に囲まれる経験なんかきっと彼女は一度もないだろうから当然か。

「オレのプライベートな空間だよ」と、声を掛けながらお互いの姿を認識出来る様に空間をいじる。するとユキはオレの声を聞いた途端、真っ黒な丸い瞳をキッと吊り上げた。

「グギギギッ!やっぱりお前が何かしたんでちね⁉︎——この外道がっ!」

強気に叫んではいるが、どうやら烏であるオレの姿はどうしたって背景に溶け込んでしまうみたいで、ユキは小さな瞳を細め、右往左往しながら必死にオレの姿を探したままだ。『声はすれども姿は見えず』状態なのか、白い体をプルプルと震わせている。

「目の前に居るって」

「ぎょわぁぁぁぁー!」

ツッコミをいれるみたいに彼女の頭を羽先で軽く小突くと、断末魔にも近い悲鳴をあげられてしまった。

口は相当悪いが心根はかなりの臆病者なのだと改めて実感する。弱い自分を守る為に全方位に喧嘩を売るとか、馬鹿馬鹿しい行為なのでやめた方がいいぞとは思うが、ユキがこのまま孤立してくれるなら、それはそれで喜ばしくも思う。

「騒ぐな騒ぐな」

嘴で優しく毛繕いを始めてやると、流石にちょっと気持ちが落ち着いたのか、習性には抗えないのか、すっかり大人しくなってくれた。うっとりと瞳を細めてされるがままになる姿は頭からパクリと喰らいたくなる程の愛らしさだ。


(サイズ差的にも充分可能だが、我慢我慢っ)


「互いの姿だけは見えていようが、このままじゃまだ真っ暗で怖いよな。此処はオレが御主人から貰った…… そうだな、『私室』みたいな場所なんだ。基本、寝ている事が多いから暗いままだったが、望めば何でも思い通りにしてやれるぞ」

「望めば、何でもでちか⁉︎」

物凄い食らい付き様だ。何か叶えたい願いでもあるんだろうか?

「じゃあじゃあ。ご、御主人ちゃまからバンバン仕事を貰いたいでち!届ける予定の伝書に埋もれてみたいでち!」

瞳を輝かせて、オレなら一生願わないだろうなと思う様な願いをユキが口した。

叶えてやる事は容易い。だがそれはあくまでもこの空間内だけでの話であり、外に出れば、望まない現実が再び彼女を襲うこととなる。


幸せの絶頂にまで押し上げてから真っ逆さまに堕とす。


オレの御主人なら嬉々としてやりそうな行為だが、オレにそんな趣味はないから、敢えて叶えてはやらない方が良いだろう。

一度咳払いをし、「あー…… すまない。そういう意味で言った訳じゃなかったんだ。好きな雰囲気の空間に変えられるってだけなんだよ」と気不味げに告げた。すると、みるみるユキの体が腐った蜜柑みたいに萎んでいく。情けない姿でも可愛いく感じられるとか、もうコレは『恋』と言っても過言ではないのではないだろうか。

「えっと。ところで、だ」

「…… なんでちか?」

ショックが全然抜けないのか、老婆みたいによぼよぼとした仕草でユキが顔をあげる。一瞬とはいえ、そこまでガッカリする程の願いだったのかと思うと申し訳ない気持ちになってくる。考えなしに『ところで、だ』だなんて声掛けをしたはいいが、二の句が続かない。何か気を逸らせば…… そうだ、うん、コレならインパクト大に違いない。

「オレと友人にって言っていたよな?」

「…… 言った気がするでち。でも撤回するでち。こんな場所に引っ張り込まれるとか、もう二度とゴメンでち」

「まぁまぁ、そう言わずに」と言ってユキの背中をポンポンと叩くみたいに撫でてやった。


「どうせなら、オレと番にならないか?」


言葉の意味が一瞬わからなかったのか、ユキはキョトン顔だ。だがその表情が数秒後には一転した。

「…… は?何を巫山戯ているんでちか?」

ゴミや汚物でも見るみたいな視線をオレに投げかける。そんな視線にすら背中がゾクゾクするとか、これはもう本当に『恋』とか『愛』といった類の感情である事は確実だろう。

「もしかして、ユキにはもう番がいるのか?」

こんな捻れた性格じゃ到底いるとは思えないが、一応訊いておく。もしいたら、このまま此処からユキを出さず、そいつから奪ってしまえば済む話だけどな。

「嫌味でちかー!?」

小さな翼をバタバタと動かし、ギャーギャーと怒りをあらわにする。何度も思うがシマエナガボディはホント怒っていても可愛い。

「いないって事か。じゃあ、オレと番っても問題ないって事だな」

彼女の前に立ち、パチンと指を鳴らす。そして今度は互いをヒトの姿に変化させた。

ヒト化したユキの真っ白な肌は透けるように美しく、真っ黒な丸い瞳はその可愛さだけで見た者全てを悩殺させられそうだ。銀糸にも似た白い髪の一部は黒と茶色のメッシュが少し入っていてとても洒落ている。元々小型種だから体はとても小さいが、生まれてから一年以上経っているので流石に幼子ではなく、体のラインや顔立ちなどがちゃんと大人の女性の風貌というあべこべ感が不思議と妙に色っぽい。気を逸らそうと、割と軽い気持ちで『番になろう』と発言したのだが、これは提案してみて大正解だったな。

「…… 」

小さな嘴だったおちょぼ口を震わせ、こちらをユキがじっと見上げてくる。

「どうした?」と訊きながらユキの頬を両手で包む。するとユキに「…… だ、誰、でちか?」と怯えながら訊かれた。いやいや、この状況でオレ以外に誰が居るのかと。

「ヤタだって」

「お、お前、ヒトの姿にもなれるんでちか⁉︎」

獣人でもなければ自分から変化の魔法を使える鳥なんかこの世界には存在しない。せいぜい変化しているように見せ掛ける幻術を使うのが精一杯だからか、ユキのこの反応は納得出来る。オレだって、こんな事が出来るのはこの空間に居る間だけだしな。

「ひっ!あっちに行けでち!」

黒い髪、褐色の肌、筋肉質で大柄な体。全てが全てユキとは対照的なこの姿を見て、彼女がすっかり怯えている。今の御主人をモデルにしたこの顔立ちや体型には自信があったのだが、残念ながらユキのツボではなかった様だ。

「ユキだって、今はヒトの容姿だぞ?」

「はへ?」と間抜けな声を出してユキが自らの姿を確認する。そして全裸状態にある自分の体を見て、「ぎゃぁぁぁぁ!」だなんて情けない声で叫んだ。


「ほ、本当にヒトでちっ!こんなんじゃ飛べないでち!ますますお仕事が出来ないでちぃぃ!」


その場でジャンプしたり、腕をバタつかせては悲痛な声でユキが嘆いている。…… 全裸のままで。程よいサイズの胸がいい感じに揺れている事には全く気が付いていない。

「まぁまぁ。今だけだから泣くなって。此処から出れば普段通りの姿に戻れるから心配するな」

腰を抱き、ぎゅっとこちらに抱き寄せる。互いの肌が正面から密着したんだ、是非とも色っぽい声の一つでも欲しかったのだが、ユキは「ぎょはわぁぁ!」などと今までに聞いたこともない声をあげるばかりだった。

「番がいないなら、オレと番うって事でいいよな?ユキは『友達から』始めたいみたいだけど、仲の良い鳥獣同士の行き着く先なんて最後は交尾しかないんだから、色々すっ飛ばしても問題ないだろう?」

「違うでち!『友達に』とは言った気はするでちが、『友達から』だとアタチの意図とは遥かにかけ離れているでちよ⁉︎」

「おっと、意外に賢いな。言葉遊びは得意だったりするのか?」

「また馬鹿にちたでちね⁉︎——ギィィッ」

黒板を引っ掻いたみたいな音を口から出せる奴を初めて見た。ユキを馬鹿にはしたつもりはないのだが、そう受け取ってしまう発言をした事は確かだな。

「馬鹿にはしていない。『伴侶』は対等な存在だろう?」

「『番う』とは言っていないのに、もう夫面するんでちか⁉︎」

「まぁまぁ」と言ってまた指をパチンッと鳴らす。真っ暗だった空間を人間達が使う部屋みたいな状態に変えると、ユキが形容し難い難儀な声で鳴いた。


「な、な、なんでちか⁉︎ここは何処でちか!また拐ったんでちか?この悪魔め!」


広めの部屋、大きなベッド、小さなテーブルと二人掛けのソファー。すぐ隣の空間には風呂場なんかも用意してある。異世界からの移住者達からの提案で最近増えている、休憩所としての利用も可能な“ホテル”ってやつを再現してみた。

「違う違う。何処にも移動はしていないよ」

突然の変化がよっぽど怖いのか、オレの体へ必死にしがみついてくる。こちらも全裸であり、服なんか着ていないのは烏なので当然なのだが、人肌の状態で触れ合うってのはどうにもこそばゆい。さっきからずっと勃起状態にある生殖器がユキの体に擦れてしまうからそろそろ理性が吹っ飛びそうだ。

「番になるんだ、する事なんて一つだろう?だから相応しい空間を用意してみたんだ」

「了承はしていないって、何度言えば通じるんでちか⁉︎」

「あ、それとも森とか君の縄張りの木の枝の上で青姦の方が良かったか?御主人達や住民達といった、衆人環視の中でする方が好みだった?」

此処から出ればどっちも鳥だからそれでもオレは構わないが、ヒトの姿でもそっちの方がと望まれたらどうしたものか。

「言い方!」

「でもオレは、こんな可愛い子なら独り占めしたいなぁ」

「うっ!」

真っ白な顔を真っ赤にし、ユキが声を詰まらせる。自己評価がめちゃくちゃ低いからなのか褒められると弱いみたいだ。

「好きだよ、ユキ」

「そこに至った経緯がアタチにはさっぱりでち!」と叫び、オレの胸をぽかぽか叩いてくるが全く痛くない。

「じゃあ、一目惚れってやつだって事にしようか」

「それって、『一目惚れ』ではなかったと自白している様なもんでちよ⁉︎」

「おっと、それは失礼したね」と謝罪しながらユキの体を持ち上げて、ベッドに向かう。投げるみたいに彼女の小さな体をシーツの海の上に横たわらせると、オレはそのまま彼女の細い脚の上に跨った。

「…… ソレ、三つ目の脚…… でちか?」

ヒトの股間を無遠慮に指差してユキが声を震わせる。真剣にそう推察したみたいだが、大ハズレなのでクスッと笑うことしか出来ない。

「残念。三つ目の脚はこっちだよ」

三つあるオレの脚は生まれつきのものなので普段はなんら違和感のないものだが、そのままだとヒトの姿になる時には邪魔以外の何ものでもない。なので尾骨辺りから猫の尻尾みたいに生やしておくことが多い。本来の脚よりも自在に扱えるので、この方が都合も良かった。

背後からニョキッとその姿を表した尻尾を見て、真っ青な顔をしたユキが「ヒィッ!触手ぅぅ!」と叫ぶ。そうか、触手プレイがお望みだったか。番がいないなら色々と未経験のはずなのだが、意外に博識なうえに変態なのだな。

「違うけど、そうって事にしてやるから、今から早速沢山子供を作ろうか」

「嫌でち!仕事もしてないままで親にとか、絶対に嫌でち!」

真面目だな。

「でも、身籠ったら君の御主人との接点が増えるんじゃないか?ユキからだって、接点を増やすいい機会にもなると思うぞ?」

「烏との子供だなんて、無理に決まっているじゃないでちか!」

「だから、ヒト化したんじゃないか。外に出たら姿は元通りになるが、此処に注いだ精液はそのままになるから問題はないぞ」

トントンッと真っ黒な尻尾的なモノでユキの真っ白な下っ腹を軽く叩く。長らく生きているくせに交尾なんて初めての行為だが、本能なのか、何をどうするかは完璧に理解出来る。早く、早く交尾をと、せく気持ちが止まらない。

「で、でも…… 」

「大丈夫、これからは全て上手くいくよ。寂しいだなんて一瞬だって感じられない様な時間が待っている。それにな、君がオレの体液を取り込めば寿命を分けてもやれるから、長生き出来る種族ではない君でも、『ご主人ちゃま』と親密になれる機会だって多く持てるぞ」

「本当…… でちか?」

心が揺らいでいるのがその瞳からハッキリ読み取れる。オレに堕ちるまでもう少しだ。

「あぁ、ユキが死ぬ時がオレの死ぬ時だ」

「…… っ」

「それにほら、お互いの御主人同士も夫婦だろう?伝書鳥同士まで番になったら、君の『ご主人ちゃま』は嬉しいんじゃないかな」

丸い瞳が大きく見開き、引き絞ったユキの口元が震えている。もう好きにしろとでも言うみたいに、体から力を抜きながら。


——よし、堕ちたな。


そう確信した瞬間、オレの口角がくっと上がった。大事にしよう、いずれはオレの事しか考えられない様に優しく、宝物みたいに。


こんな面白い生き物、生涯ずっと離してやるものか。



【幕間の物語①『伝書鳥』・終わり】

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