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放課後の相談室。机に突っ伏したまま動かない後輩に、日下部は声をかけるでもなく、ただ窓の外を見ていた。
長い沈黙のあと、ぽつりと声が落ちる。
「……俺がいなくても、誰も困らないんですよ」
掠れた声は、机の木目に吸い込まれていった。
「友達だって、代わりはいくらでもいる。家族だって俺に期待なんかしてない。
頑張っても笑われるだけで……正直、なんで生きてるのか分からないんです」
日下部は、しばらく黙っていた。
答えを探しているのではない。ただ、その言葉を自分のどこに置いたらいいのか分からなかった。
「……俺もそう思ってた」
不意に、日下部が低い声で言った。
「俺なんか、誰も必要としてねぇし、居ても居なくても同じだって。
実際、そう思われてんだろうなって今でも思う。
……で、俺は、いまだに“ここにいていい”って確信したことなんて一度もねぇ」
相談者は顔を上げた。
返ってきた言葉は、期待していた「励まし」じゃなかった。
日下部は机に肘をつき、視線を伏せる。
「でもな。ひとつだけ分かったのは――“いなくても困らない”っていうのと、“いない方がいい”っていうのは違うってことだ。
俺がいない方がいいって、本気で思ってるやつなんか、実はそうそういねぇ。
ただ、居ても気づかれないだけだ」
生徒の喉が小さく鳴る。
「だから……意味があるとかないとか、答え出さなくてもいいんだと思う。
少なくとも、ここにいることを邪魔だなんて、俺は思ってねぇから」
そう言った日下部の声音は、不器用で、頼りなくて、それでも確かに届いた。
相談者はゆっくりと顔を伏せ直し、机に落ちる涙を袖で拭った。
日下部はそれ以上なにも言わない。
ただ、窓の外で沈みゆく夕日を眺めながら、同じ時間を分け合うように座っていた。