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相談室のドアは今日は閉じられていた。「相談者」が来る気配もない。
けれど、日下部は机に座り、ノートを開いた。
この一冊に、いくつもの悩みと、いくつもの返事が書き込まれている。
彼はしばらくペンを回し、視線を宙に泳がせた。
やがて、誰に向けるでもない声が、ぽつりと落ちる。
「……気づけば、ずいぶん話をしてきたな」
最初は、ただの気まぐれだった。
自分が話を聞けるような人間じゃないと分かっていたし、答えなんか出せるとも思っていなかった。
けれど、来るたびに誰かの言葉を受け取って、自分の中にも、少しずつ残るものがあった。
「俺は、不器用だし、まともな答えも出せねぇ。
でも……来てくれたやつらの言葉は、全部ちゃんと覚えてる」
ノートを指先でなぞる。
書かれた文字は震えていて、雑で、時に荒っぽい。
それでも確かに、彼が返したものの証だった。
「――ありがとな」
小さく、それだけを呟いた。
顔を上げると、窓の外には薄い夕焼けが広がっていた。
相談室の空気は静かで、これまでの声の余韻だけが残っている。
日下部はノートを閉じ、深く息を吐いた。
「……ま、これで終わりじゃねぇ。
続けていくさ。俺にできる限り、な」
不器用に口角を上げる。
それは笑顔とも、決意ともつかない表情だった。
こうして――相談室の第一章は幕を閉じる。
けれど、日下部の声が消えることはない。
次のページが、静かにめくられようとしている。