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辻󠄀美音🩷
1
ラチム
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短編小説 10/? 2/? 1/?
ガチリ、と硬質な爪が僕の刃を噛み留める。
紅暗い空の下、舞い散る椛の隙間から現れたのは、かつておあきが大切にしていた「約束の象徴」───一頭の異形なる狛犬だった。
その登場とともに、イルカはすぐさま戦場を猛然と泳ぎ回り、次々と迫る狛犬の凶悪な爪牙の軌道を【エコーロケーション(霊)】で弾き出していく。
ソナーが捉える死角からの猛攻。僕は相棒が残す瑠璃色の光の波紋をギリギリでなぞりながら、予測不能の爪や牙を髪の毛一筋の差で躱し、あるいはあえて致命を外した位置で受け止めていた。
「───はは、凄いな!」
鋭い爪が僕の肉を裂く度。
紅い光が照らされた空から降り注ぐ無数の刃が僕を容赦なく、肉体を撫でる度。
僕の傷口から噴き出した鮮血が地面を濡らし、根を濡らし、刃に光沢を与えていた。そうして毒々しく深い深紅へとその色を染め変えていく。僕の血によって完成していくその凄惨な美しさは、地面に触れたと同時に、儚く、静かに消えていく。
視界に広がる、血と椛が織りなす極彩色の景色。
僕はその痛みを全身の細胞で噛み締めるように、受け入れるように愉しんでいた。五体が壊れていく感覚すら、五感を震わせる至高の快感だった。この上ない満足感が、僕の心を支配していく。
リン───。
狛犬の首元で、場違いなほどに澄んだ鈴の音が鳴り響いた。
ビリッ
「っ!」
左耳からしとどに血が流れる。
もう、左耳からは何も聞こえなかった。
そして、痛みで一瞬止まった瞬間。
狛犬は眼前にまで差し迫る。僕は致命を避けるために防御するが、
リン───。
再び鈴が鳴った瞬間、今度は右目から血が流れ、完全に機能を失う。
「なるほどね…。」
どうやら、この能力は霊的な波紋の予測を一切寄せ付けない、絶対的な「五感を奪う呪い」のようだ。しかも、この痛みから察するに左耳と右目は、大方切って潰された状態になっているだろう。この呪いはきっと、
自ら、目と耳を切り潰したおあきの絶望が生み出し与えた能力か…。
「ははは…。」
面白いじゃないか…。
もっと…。
「魅せてくれ。」
グチャリ、と肉がねじ切れる悍ましい振動が脳に伝わった。死角から迫る根による拘束、間一髪でそれを避けるも巳魈の腕が僕を貫こうとする。それすらも僕は致命にはギリギリ届かぬダメージで躱したが、体制が悪かった。狛犬の強靭な牙が、僕の左腕を根元から噛みちぎったのだ。
「が、はっ……!」
痛みすら遠くなる。
それでも僕は心の底から笑っていた。
そして…。
胸に冷たい「杭」のような感覚が貫通する。
巳魈の手が、僕の胸を深く、容赦なく貫いていた。
肉体から、僕の魂の輪郭を支えていた最後の「情熱」が、ずずず、と音を立てて引き抜かれていく。
熱が、消える。狂気も、愉悦も、すべてが根こそぎ奪い去られていく。
やがて、僕は力なく地面へと伏した。
左腕を失い、胸を穿たれ、全ての感覚と情熱を喪失した僕の身体は、まるで一本の枯れ木のようになって、紅い大地の養分として沈んでいく。
世界は完全な無音。完全な漆黒。
僕という存在の崩壊───「死」を告げる、完璧な虚無の深淵。
───けれども。
その一切の光が絶たれた暗闇の最奥で。
すべての熱を奪われ、完全に真っ白になった僕の魂に。
ボールコンパスから
───ドクン
と力強い「鼓動」の音が。同志の願いが響く。───誓いを守れと。
静かに大地を、空気を、確かに震わせ始めていた。
「ち…か…い…はしん…でから…。」
コメント
1件
まあ……! もう本当に、全身で読んでしまいました。 左腕を失い、胸を貫かれ、五感すら奪われていくのに、それでもなお笑いながら「魅せてくれ」と言い放つ主人公の、あまりにも純粋な狂気と美しさに鳥肌が立ちました。痛みすら快感に変えるその倒錯が、紅い空と血と椛のコントラストでますます映えて……。 そんな極限の虚無の中で、ボールコンパスから届く「ドクン」という鼓動、そして「誓いは死んでから」というかすかな言葉。完全にやられました。こんな終盤でまだ希望を落とさないなんて、卑怯ですよ(褒めてます)。続き、待ってますね……!