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るるくらげ
いと
#和風ファンタジー
逗子はイライラしていた。
あまりの不機嫌さに、ガレージ倉庫のショールームで接客する営業社員、その奥で働く整備士達は、逗子と目を合わさないようにして黙々と仕事をしていた。
何度も携帯電話をかけては繋がらないのか、「チッ」と舌打ちして、ワークスペースの社長室に籠った。
従業員達は、逗子がいなくなって安堵の表情を浮かべていた。
逗子は誰もいない社長室で、また携帯に電話をかけた。
「くそっ!なんで出ないんだよ!」
逗子が何度も電話をした相手は、れみだ。
保険の支払いがどうなったか、何の連絡がないことに苛立っていたのだ。
——支払いの手続きすると言っておいて、いつ支払われるか、連絡ぐらいしてこいよ。
こっちがかけても、電話に出ないってどういうことだよ。
苛立ちが抑えられない逗子は、れみの会社——ラマン生命保険に電話をかけた。
『ラマン生命保険株式会社でございます』
電話から聞こえる女性の声に、逗子は平静を取り戻したように落ち着いた声を出した。
「いつもお世話になっております。私、逗子と申しますが、糸原さんはいらっしゃいますか?」
『糸原……ですか。少々お待ちください』
保留音が鳴り、逗子はホッとしたように胸を撫で下ろす。
——なんだ。会社にいるんじゃねーか。
しばらく待たされたが、保留音が止むと逗子は明るい顔になった。
——やっとれみと話せる。
安堵した逗子の耳に聞こえた声は——
『お電話代わりました、責任者の飯田でございます。あいにく担当の者は現在、席を外しておりまして私がお話を伺います』
れみではなく、飯田という男の声だった。
「いや、あの、糸原さんと契約の事で話したいので、いつ戻りますか?」
『申し訳ございません。糸原はしばらく手が離せる状況ではございません。ご用件は私が承ります』
「……」
逗子は言葉を詰まらせた。
れみと話せないとなると、保険の支払いがどうなったか、全くわからない。
——仕方ない。
「わかりました。糸原さんに入院給付金の支払いをお願いしていたのですが、その支払いがいつになるかだけを、教えてもらえますか?」
逗子は諦めて、飯田に聞くことにした。
だが飯田の返答は、逗子が思っていたのとは違っていた。
『……左様でございますか。恐れ入りますが、お客様のご契約につきましては、現在は確認を行っている段階でございます。
正式なご案内は準備が整い次第、改めてご連絡差し上げます』
「え?それじゃあ……いや、だいたいどれぐらいになりますか?」
支払い手続きがまだ終わってないなら、せめておおよその日数ぐらい知りたいと、逗子は思った。
『お待たせして申し訳ございません。現在、確認を行っているのは別部門になり、私の方では確実な日数をお答えできかねます。
お急ぎなのは重々承知しております。ですが、もうしばらくお待ち頂けますか』
日数すら教えてもらえないことに、逗子は苛立ちを覚えたが、
「そうですか……。わかりました。出来るだけ早くお願いします。
それと糸原さんに、支払い日時がわかったら早急に連絡をして欲しいと伝えてください」
そう言って引き下がることにした。
——くそっ!これじゃあ、金がすぐに入って来ねぇじゃないか!
入院給付金はそんな大きな金額でもないが、逗子にとっては早く手に入れたい金だった。
資金繰りに困って、倒産間近だった逗子には藁でもすがる思いだったからである。
——このままでは、やばい。
逗子は新たに資金を手に入れるしかないが、それも手詰まりになっている。
逗子はデスクで頭を抱えた。
——トントン。
ドアのノック音に顔をあげた逗子は
「なんだ?入れ」
と苛立った声で返答した。
「失礼します」とドアを開けた従業員が、言いにくいというような表情を見せて、恐る恐る口を開いた。
「社長……あの、警察の方が来られてます」
「は?警察?」
「はい。整備記録を見せて欲しいと言っています」
逗子は慌てて立ち上がり、ショールームへ向かった。
ショールーム入口付近に立っていた二人組の男が、逗子を見るなり会釈をした。
「逗子孝光さんですね」
「はい」
二人組の一人、小太りの男が、警察手帳の金色の記章を見せた。
もう一人は眼鏡をかけていたが、眼鏡の奥の鋭い目で逗子の背中の向こう、整備工場を見つめていた。
手帳を見せた小太りの刑事が、逗子に言う。
「お忙しいところ、申し訳ありません。逗子さんにお願いしたいことがあって、伺いました」
「……なんでしょうか?」
「先日、事故に遭われた逗子さんの婚約者、梶原紗羅さんの車は、逗子さんが彼女に譲った。そうお聞きしました」
「そうですが……それが何か?」
逗子は眉間に皺を寄せて無愛想に答えると、刑事は表情を変えずに淡々とした口調で逗子に聞く。
「事故直前に、車の点検整備をしたのは、逗子さんご自身で間違いないですか?」
この時逗子は、警察が来た理由を瞬時に察した。
だが挙動不審にならないよう、平静を保とうした逗子は
「はい。私が点検しました」
と低く抑えた声を出した。
「点検整備記録を提出して頂けますか」
「え?記録ですか?」
「はい。少し調べたいことがありまして、任意で記録を預からせてください。つきましてはブレーキ液の余ったボトルも提出して頂けますか?」
「ボトルですか?ボトルは全量交換して、もうありませんよ」
逗子はそう言ったが、僅かに顔が強張っていた。
眼鏡をかけた刑事は鋭い眼光で、逗子を見つめながら言う。
「全量交換ですか?定期点検で、車検ではないですよね?」
「そうですが、まもなく車検なので先に交換したので……あ、整備記録、プリントアウトするので少しお待ちください」
逗子はカウンターデスクにあるパソコンを操作するが、その指先が小さく震えていた。
刑事達は無言で、逗子を見つめる。
逗子がプリントアウトした紙を小太りの刑事に渡したが、僅かに震える指先。
眼鏡をかけた刑事は、それを見逃さなかった。
笑顔で整備記録を受け取った小太りの刑事は、逗子に笑みを向けながら言う。
「あ、そうそう。ラマン生命保険の糸原れみさんは、逗子さんの担当者ですよね?」
「え?あ、はい」
「糸原さんと梶原さんは、ご友人なんですよね?」
「ええ、そうですが。それが、何か?」
——何を聞き出そうとしているんだ?
逗子が訝しむ顔をすると、小太りの刑事は逗子の目を見ながら言う。
「いえ、糸原さんからも、少しお話しを聞こうと思ったのですが、ご自宅にいらっしゃらないようでして。何かご存知ないですか?」
「え?」
逗子は明らかに動揺した顔になった。
「先日、逗子さんは糸原さんとご一緒に、梶原さんの面会に行きましたよね?」
「はい……」
「糸原さん、何か言ってなかったですか?」
「いや……特に、何も……言ってなかったです」
「そうですか。お手間をとらせて申し訳ありません。
これはお預かりして、確認がとれたらすぐにお返ししますね」
「あ、いや……プリントアウトしているので、大丈夫です」
逗子が返却不要と言うと、小太りの刑事は苦笑いした。
「あー、そうでしたね。では、失礼します」
深々と頭を下げて、二人組の刑事は去っていった。
——どういうことだ? 家にいない?
れみがいなくなった。
逗子はただ事ではないと、悟った。
思い出せば、紗羅の両親の態度。そして先程の保険会社の対応と警察が任意で整備記録を求めた。
これらのことを考えると……
——まさか、アイツ……逃げた?
顔を青くした逗子は、慌てて身の回りの物をまとめ始める。
デスクの引き出しを開けて、紗羅の保険証書を取り出すと、
「さっさと逝ってくれればよかったのに……」
と憎々しい声で呟いて、証書をカバンに入れた。
さらに別の引き出しを開けた逗子は、赤色のパスポートを取り出して、カバンに入れる。
——逗子は、逃げる準備を始めていた。
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