優羽Side
東京から電車とバスを乗り継いで三時間。
青々とした森を抜けたバスが最後に停まったのは、大きな湖を背に広がる爽やかな高原だった。
バスから降りて、湖からの涼しい風に吹かれたわたしは、大きく息を吸った。
うーん、きもちいい。
目的の場所までは、歩いてあともう少し。
ショルダーバックを掛け直して、小さなキャリーバックの持ち手をシャキンと伸ばすと、わたしは緩やかに蛇行を描く坂道を登っていった。
※
今日は雲ひとつない青空。
背が低くてかわいい街路樹からそそぐ木漏れ日も、優しくて心地いい。
本当に素敵な日。
わたしの新しい生活の始まりをお祝いしてくれているみたい。
チチチチ
そんなわたしの弾む心に合わせてくれるように、森の小鳥たちがリズミカルにさえずる。
思わず足を止めて、そっと耳をそばだてた。
小鳥さんたちはわたしの友だち―――なんて言ったら、子どもみたいって笑われちゃうかな。
でも、わたしは知ってるんだ。
小鳥さんたちは、野生で生きていても、とてもやさしくて人懐っこいって。
だって、
「ちちち」
さえずりに似せて、少し声を高くだしたら。
森の中から一羽。
ほら、空を飛んでいたコも、もう一羽。
わたしか佇んでいた街路樹に集まってきてくれる。
はじめまして。
私はあやしいものじゃないよ。
今日からあなたたちのお隣に、住むことになったんだよ。
「ちちち、ち」
よろしくね。
そうさえずったわたしの指に、黒と白の羽をしたコが、ちょこんと止まってくれた。
君だあれ?
そんな風に問いかけるように、小さな頭をくりくりかしげてる。
「わたしの名前は、小鳥遊優羽(たかなしゆう)。なかよくしてね」
こちらこそ、よろしくね!
そう歓迎してくれるかのように小さく鳴くと、小鳥はわたしの指から空に飛び立った。
陽射しに目を細めてその姿を追う先に、大きな建物が見えた。
「わぁ…すごい」
思わず感激するほどに、その建物はまるで童話のお城のように綺麗だった。
私立天宮学園高等学校。
今日からわたしが通う学校だ。
※※
お城へとつづく坂道をもうひとがんばりして登りきる。
まず最初に迎えてくれたのは。
(わぁ、すっごい大きい…)
さすがにこれはお城のとまではいかないけれど、まるで海外セレブの邸宅にかまえられているような、荘厳な鉄門だった。
山奥にある学校のにしては、とっても立派だなぁ。
重厚だし、装飾も細かくて、あちこち金細工でキラキラ光ってる…。
しかも。
「セキュリティ…?」
近づくと、白壁に埋め込まれた液晶画面に、フッと映像が現れて、
『認証番号を押してください』
と表示された。
「認証番号…?」
そんなの知らないよ…!?
なんか…まるでなにかの秘密組織みたい…。
わたしが通う学校って、こんなに厳重なセキュリティが必要なところだったっけ…?
戸惑うわたしをよそに、セキュリティはきびきびと役目を果たしていく。
『認証番号を入力してください。今から三十秒以内に入力されない場合には、警備員に通報いたします』
えー!!
えっとえっと、送られてきた手紙には…。
わたしは大慌てでガサゴソとバックの中をあさった。
手続きは須田さんにまかせっきりだったし…
取りあえず行けばいいって言われただけだし…こんなセキュリティがあるなんて聞いてないし…
ああもう、なにがなんだかわからないよ~!
二十秒前―――。
プープープー…
え~カウントダウン…!
なんでこんなに厳しいの~~!!
転学許可証はどこ!?
ああもう、こういう時に限ってすぐ出てこない~~!!
「おい」
パニくるわたしの後ろで、不意に声が聞こえた。
「なにもたくたしてんだよ。早く解除しろよ」
イラついた男のコの声…。
「ご、ごめんなさい、番号がわからなくて…」
「は?なにそれ、ありえね」
「ごめんなさい」
「なにやってんだよ、バカじゃねぇの?」
ひどい、そんなきつい言い方しなくたって…!
ここの学園の人かな…?
こんなきつい性格した人がいる学校だなんて、不安だな…。
『十秒前―――』
プープープー
ってそんなこと気にしてる場合じゃないよ。
早く認証番号を…!
「おーい、彪斗(あやと)くーん」
「待ってくれよ、彪斗くーん!」
ふと気づくと、坂道を登ってくる大人がいた。
カメラを持った人に、手にレコーダーみたいなものを持った男の人たちだ。
その人たちを確認するなり、背後の男のコはさらに声を荒げてまくしたてた。
「ちっ、もう追いついてきやがった。おい、なにやってんだよ。早くしろよ。どけ」
どんとわたしを押しやると、男のコは手早く番号を入力した。
ピン。
『認証確認』
と表示された画面に、次に顔が映し出された。
わ、すっごいカッコいい…。
わたしはその画面の中の整った顔に見入ってしまった。
細いあごに、すっと通った鼻筋。
長めの前髪からのぞく目は、綺麗な二重で。
左目の下にある小さな黒子が、プライドの高さを感じさせる。
けどそれ以上に、宝石みたいな黒い瞳が印象的で…
画面ごしに見ても怖いくらい、威圧的。
ヘンな例えだけど。
まるで、気位の高い貴族か王子様みたい。
ピカン
認証画面も喜ぶように高い音を上げると、
『最終認証完了』と大きく表示した。
すると次の瞬間、門がぐぐぐと重々しい音をたてて開いた。
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