白狼は駆けていた。
彼らはダリルの元に訪れる客の所か、もしくは繋がりの深いダリルの元にしか瞬時に現れることは出来ないからだ。そして今回の客はあの死に損ないの男である。そして死に損ないは死に損ねることなく死んで消えたあとだ。
ヒトであればうんざりするような距離をその脚で駆け抜け、白狼は自身が走ることに長けた四つ足であることを幸運に思う。
山の麓にまでたどり着いてなお、自身の姿は別にこのためではないのだけれど、と皮肉な笑みを作ってしまう。あの男の娘が、この山のどこかにいる。見上げた先の雪深い山に適しており、鼻も効くのだからこの時に己が呼ばれたことも頷けるというものだ。
もはや暑さも寒さもないその身であるにも関わらず、この山は寒い。並大抵の生き物では決して生きていけるとは思えぬほどと感じさせるものだった。
それは山の頂きを越え、スウォードの街があるのとは反対側に回った時からだった。ここからなら遠く北の王国の姿が見えたはずなのに、分厚い雲と吹雪が視界を阻み、まるでその先には何もないかのように隠していた。
視界を真っ白に染める吹雪のなかで山を降りる内に、麓に程近い所にあの死に損ないと似たような衣服を着る娘を見つけた。
もはやそれは瀕死で、意識もあるかどうか怪しい様で木立にもたれかかり、しかし懸命に生きようとしていた。
白狼には分からなかった。こんな薄着で登山する理由が。自殺にも等しい行いをしながらまだ生きようとしている矛盾が。
だがそれも離れた所に見えた禍々しい存在に気づき、この吹雪と自殺、そしてよく見れば煌びやかな装飾を見て、ああ、そういうことか。だから──と納得した。
この吹雪は異常である。山ひとつ挟んだくらいでこんなに気候が変わりはしない。スウォードの街がある向こうはそろそろ春に近いというのに。
それになんだか粘っこいものが纏わりつくこれは魔術だと、そう確信させるものだった。つまり、これは誰かの魔術であり、意図的にあの国を周囲もろとも滅ぼそうと言うのだ。
あの死に損ないの魂珠もだが、こちらは比較にならない規模での呪いだ。
そしてその呪いの姿がアレなのだろう。
アレは──ダメだ。己の形すらなく、不定形に姿を変え続けて近づいてくる。これだけの吹雪の維持に大半のチカラを注いでいるとは言え、不用意に近づけばこの身も侵されるだろう。
そうして手をこまねく白狼ではあったが、突如その呪いの化身に光が降り注ぎ、霧散させていくのを見た。
ダリルがやったのだ。それは確信である。だがどうやったのかは分からない。それでもダリルなら出来てしまうのだろうと白狼は考える。
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