翌朝、詩帆は朝早く目が覚めた。
この日は詩帆の誕生日だった。
「何の予定もない誕生日か……」
詩帆はそう呟くと、ベッドから起きて顔を洗いに行く。
誕生日に何の予定もない事に慣れ過ぎて落ち込まなくなったら本当に終わりだわ……
そう思いながら淡々と着替えを済ませる。
そして今朝もいつもと同じように海へ向かった。
誰にもおめでとうを言ってもらえない朝だったが、天気だけは誕生日を祝ってくれているようだ。
この日は雲一つない秋晴れでとても気持ちの良い朝だった。
海へ到着すると、詩帆はいつもの位置にシートを広げて早速絵を描き始める。
誕生日なのに特別な事は何もないけれど、こうやっていつもの朝を迎えるのもそんなに悪いものではない。
いや、逆にこんな朝の方が自分には似合っているのかもしれない…詩帆はそう思った。
他人に気を遣わなくていいリラックスした時間は、詩帆にとってかけがえのない時間だ。
好きな事の為に自由に時間を使える事ほど、贅沢な事はない。
詩帆がふと海に視線を移すと、三人のサーファーが波と戯れていた。
波は詩帆の目から見てもかなり小さい。
この波だとサーフィン上級者の涼平は来ないだろう、そう思いながら仕上がったスケッチに色を載せていった。
それからはしばらく着彩に夢中になる。
ほぼ仕上がったところでスケッチブックを持ち上げ腕をまっすぐに伸ばして全体を眺める。
まあまあ良く描けた方だ。今日はこれで完成にしよう。
詩帆は絵の右下に今日の日付、つまり詩帆の誕生日である十月三日の日付とサインを入れた。
詩帆は満足気にもう一度絵を眺めた後画材を片付け始めた。
そこへ誰かが歩いて来る足音がした。
詩帆が振り返ると、そこには涼平が立っていた。
涼平は手に袋を下げて微笑んでいる。とても魅力的な笑顔だ。
「おはよう! そしてお誕生日おめでとう!」
涼平はそう言って詩帆の隣に「どっこらしょ」と腰を下ろした。
「どうして今日が誕生日だって知っているの?」
すると涼平は「まあまあ」と言ってから、手に持っていた袋から何かを取り出す。
それはおそらくコンビニで買った二個入りのショートケーキだった。
涼平は蓋を外してケーキの一つにろうそくを一本立てる。
そして火をつけた。
涼平はそれを詩帆の前に掲げると歌い始めた。
「ハッピバースデー詩帆ちゃんー、ハッピバースデー詩帆ちゃんー…」
思わず詩帆はフフッと笑う。
そして涼平の歌を最後まで聴いた。
涼平が最後に、
「ハッピバースデートゥーユー! おめでとーう!」
と歌い終わったのを合図に、詩帆はろうそくをフーッと消した。
すると涼平はケーキを置いてからパチパチと拍手をした。
「ありがとうございます」
詩帆は恥ずかしそうに礼を言った。
その後涼平は袋からまだ温かい缶コーヒーをフォークを詩帆に渡す。
そして、
「食べようか」
と言ってケーキを食べ始めた。
食べながら、なぜ詩帆の誕生日を知っていたかを説明する。
「カフェで聞こえたんだよ。詩帆ちゃんの同僚の人の声が大きかったからね」
涼平の言葉で詩帆はすぐにわかったようだ。
先日カフェで美佐子と話していたのを涼平は聞いていたのだ。
詩帆は「なんだー」と笑った後、涼平に説明した。
美佐子の声が大きいのは空手の先生をやっているからだと。
それを聞いた涼平は「なるほど」と納得する。
涼平が美味しそうにケーキを食べているので、
詩帆もいただきますと言ってケーキを食べ始める。
涼平が、
「俺の今日の朝ご飯はショートケーキだよ」
と言って笑うと詩帆もつられて笑った。
海を眺め潮の香りを感じながら食べるコンビニのケーキは、
どんな有名ケーキ店のケーキよりも美味しいなと詩帆は思った。
そしてあまりにも嬉しくて目から涙がこぼれ落ちそうになる。
しかしその涙を涼平に気づかれないようにそっと拭い、また嬉しそうにケーキを頬張った。
詩帆が涙を拭っている事に涼平は気づいていた。
そんな風に強がって生きている詩帆を見ていると、涼平は切なさでいっぱいになる。
きっと彼女の亡くなった兄も空から心配しているだろう。
その時涼平は、危なっかしく強がって一人で生きている詩帆の事を、
守ってあげたいような衝動に駆られていた。
コメント
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なんてステキなサプライズ🎉🎉🎉😍 お高いケーキ🎂じゃなくても 🕯ロウソク立てて ステキな空間を作ってくれるのって、、、泣くね。♡
詩帆ちゃん、お誕生日おめでとう🎁🎂✨ 海辺で二人で食べるコンビニのショートケーキ🍰🌊 きっとどんな高級なディナーよりも美味しいよね....🥰💕💕
そうだよ涼平さん、詩帆ちゃんは無駄に甘えることなく一生懸命頑張って生きてるから、これから涼平さんの側で甘やかして守ってあげて欲しい。恋人という立ち位置で、ね😉👨❤️💋👨🌷