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二人はケーキを食べ終わると、缶コーヒーを手にしたまま海を眺めていた。
涼平はコーヒーを一口飲んでから言った。
「今日の仕事は何時に終わるの?」
詩帆は、今日は通常勤務なので十時から夕方の六時までだと答えた。
それを聞いた涼平はさらに聞いた。
「夜は何か予定ある?」
「特にないです」
詩帆は誕生日なのに何も予定がないと言うのは恥ずかしかったが、
見栄を張ってもみじめになるだけなのであえて正直に言った。
「そっか。じゃあ、夜は一緒に食事に行こう」
詩帆は目を見開いて驚く。
涼平は仕事が終わったらカフェの裏口の駐輪場で待っているようにと詩帆に言った。
詩帆は何か言おうとしたが言葉が見つからずにそのまま黙り込む。
「じゃ、六時にね!」
涼平は笑顔で言うと、先に砂浜の出口へ歩いて行った。
残された詩帆は、ただ涼平の後ろ姿をポカンと見つめていた。
しばらく呆然としていた詩帆は、急にハッと我に返ると慌てて画材を片付け始める。
そして荷物をまとめて歩き出す。
歩きながら詩帆は思った。
(誕生日に男性と食事?)
急に事の重大さに気づき、思わずキャーッと小さく叫ぶ。
誕生日に男性と二人きりで食事に行くなど、過去に経験がなかったのでドキドキしていた。
詩帆は、今まで男性とちゃんと付き合ったことがない。
何度かデートをした相手はいるが、いつもそこ止まりでなかなかその先に進展しなかった。
その理由は、詩帆がいわゆる『繊細さん』という類の人間だからだ。
詩帆は相手の仕草や言葉のニュアンスで、相手の考えていることがほぼ全てわかってしまう。
例えばこの間の加藤のように、平気で嘘をつく人間に対しその『嘘』をすぐに見抜いてしまう。
それが原因で本格的な交際に発展する前に破綻してしまうケースが多い。
運良くデートまで行ったとしても、相手の今の心情が手に取るようにわかるので、
変に気を遣い過ぎたり相手の態度一つで必要以上に傷ついてしまったりと常にへとへとになる。
また詩帆が気を遣い過ぎるあまり相手が勘違いして優位に立ってしまうので、詩帆は言いたい事が言えなくなってしまう。
そしていつも詩帆ばかりが我慢をする事になり破綻する。
そんな状態だから、恋愛を楽しむ以前の問題だった。
詩帆はこんな自分の性格にほとほと嫌気がさしていたが、最近はもう諦めて受け入れるようにしている。
確かにこの性格は恋愛には不向きだが、祖父が言っていたように絵を描く際には大いに役立っているのだから。
しかしこのままではきっとボーイフレンドは一生出来ないだろうと思っていた。
そう諦めていた所へ、今日涼平が誕生日の食事に誘ってくれたのだ。
もちろんそれは友人として誘ってくれたのだろう。
それでもやっぱり嬉しい自分がいた。
今まで強がっていたけれど、本当は自分は寂しがり屋なのかもしれない。ふとそんな気がした。
昔は兄がいてくれたからボーイフレンドがいなくても平気だった。
兄は詩帆の繊細過ぎる部分をよく理解してくれていた。
だから何かあるといつも詩帆を守ってくれていた。
しかしその兄はもういない。
そこで詩帆は気付いた。涼平が兄の航太に似ている事に。
涼平は航太と一緒で、詩帆に気を遣わせないよう常に気配りをしてくれる。
だから詩帆は涼平といるとリラックス出来るのだ。
(あれ? 私、どうしちゃったんだろう?)
そこで詩帆は更に気付いた。
詩帆は今まで涼平の心を全く読み取れていない事に。
だから今朝涼平がケーキを持っていきなり現れた時にびっくりしたのだ。
相手の気持ちを読み取れないのは、もしかしたら涼平が初めてかもしれない。
(なんでだろう?)
詩帆にはその理由がわからなかった。
その後アパートに戻ると、詩帆は何を着て行こうか迷う。
せっかくの誕生日だから、少しお洒落をしたい。
しかし約束の前には仕事がある。
悩んだ挙句、詩帆はベージュのロングフレアースカートに黒のボートネックのコットンセーター着る事にした。
これなら仕事にも違和感はないだろう。
詩帆はいつもは持たない化粧ポーチをバッグに入れて仕事へ向かった。
職場に着くと、同僚達が待ち構えていたように詩帆に言った。
「「詩帆ちゃんお誕生日おめでとう!」」
同僚達は詩帆が珍しくスカートを履いてきたので冷やかす。
帰りに誕生日デートにでも行くと思ったのだろう。
詩帆は慌てて違いますと否定した。
そこへ店長が来て本社からのプレゼントを詩帆に渡した。
プレゼントはカフェのマスコットである小さな熊のぬいぐるみと何種類かのドリップパックだった。
このカフェは、従業員の誕生日にこうした気配りをしてくれる。
詩帆はこの会社のコーヒーだけでなく、そんな社風も好きだった。
それから詩帆は、通常通りにいつもの仕事を始めた。
コメント
2件
素敵な誕生日で 良かったね~詩帆ちゃん❣️🎁🎂💐✨ 涼平さんの心を読み取れないのは.... もしかしたら、そこには嘘偽りの無い 純粋な愛があるから⁉️ ( 〃▽〃)キャアー♡♡♡
「繊細さん」の詩帆ちゃんが嘘のない涼平さんを読み取れないのはむしろ当然なのかも⁉️😊 お兄さんと似てるのもあるかもね🤭 涼平さんも自然に誘ってくれたのだから詩帆ちゃんも自分の気持ちに素直に応えたらいいね🥂🌟