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11 - 第10話:星の下で名を呼べば

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2025年05月30日

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第10話:星の下で名を呼べば




星は、願いではない。

星は、名前の眠る場所だと、天球では教えられている。


——星の名を呼べば、声が届く。


それは記録ではなく、風に乗せる儀式だった。





空北端の浮遊都市《ヴァルレム》では今夜、

年に一度の名揺(みなゆ)祭が開かれる。


名を失った者、名を与えたい者、名を封じたい者が、

それぞれに星を選び、空に向かって名を呼ぶ。



この儀式に参加する少女の名はノーア・リムレア。

13歳、宙にほどけるような水銀色の髪。

瞳は白と薄紫のあいだを揺らぎ、

《フロートル社》が提供する「感情音調布《エミルスカーフ》」を肩に巻く。


感情に反応して音を発するこの布は、

浮力と感情のバランスを可視化する、最新の社交用礼装だった。


ノーアのスカーフは、沈んでいた。





彼女はまだ、「自分の名を呼ばれたことがない」。

記録にはある。泡にも残っている。

けれど誰も、その名を声に出してくれたことはなかった。


名は呼ばれて、ようやく“届く”。





ヴァルレムには、浮く星々を映す巨大なレンズがあった。

《ネフリオ社製:星音反射式観測球》──泡に似た素材の中に、

風に揺れる星の気配が反射される。


儀式では、泡をひとつ選び、そこに名を吹き込む。

泡が星に届けば、名もまた空に浮かぶという。



「あなたの声が、風に届きますように」


そう唱えて、ノーアは泡に名を吹き込む。


「ソイル・ヴァリト」




それは、かつて海の夢を語った少年の名だった。

記録上、存在が不確かなその名を、

ノーアだけが、泡の中で覚えていた。





泡は上昇し、星の手前で止まった。

星は、名を受け入れるか、拒むかを選ぶ。


拒まれれば、泡は沈み、泡主の浮力もまた、少し減る。

それは、「不届きな祈り」として忌避される文化だった。



だがその星は、泡に色を返した。


風がまっすぐ流れ、泡が弾け、

音が落ちてきた。



「……ノーア?」




風の中で、確かに声がした。


周囲の者たちは「星声障害だ」と言った。

記録の過剰集中で、音が泡の中で反響しているだけだと。


けれどノーアは知っていた。

星は、届いた声に返事をしてくれたのだ。





その夜、満月の下、泡水官が記録する。


「今宵、一名が“名を呼ばれた”。

星は応え、風が記録を超えた。」




祭の終わり、ノーアのスカーフは音を奏でていた。

それは、浮かんだ心の証。





翌朝、ノーアの記録端末にひとつの通知が入る。


「未読の泡あり」


中身は映像ではなく、風だけの音だった。


けれどそこには、たしかに想いがあった。

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