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あれから各人準備を万全に整え、昼食後にはシュウと、更には白梟のサビィルも合流し、二人と二匹のパーティーで黒竜の鱗探しの旅へ出発する事になった。
神殿の住居スペース側にある玄関ホールに集合し、メンバー全員が顔を合わせる。その頃にはもうロシェルはいつも通りのとても穏やかな雰囲気に戻っており、レイナードは少し安堵した。彼女に対して影を感じたのは、自分の気のせいか、もしくは旅に対しての不安が表に出ていただけだったのかもしれないとも考えた。
「準備はいいか?ロシェル」
イレイラの用意してくれた、無駄に勇者感たっぷりの濃紺色をした鎧に身を包み、肩には重量のある野営道具一式が入る鞄を引っ掛けたレイナードがロシェルへ訊く。
同じく用意してもらった白いローブを着込んだロシェルが嬉しそうにレイナードを見上げ、「もちろんよ、いつでも行けるわ」と両手をギュッと握りながら明るく答えた。
レイナードの鎧と対になるようにデザインされたローブは、白を基調とし、濃紺色の糸で竜や狼の刺繍が袖や裾に施されていた。頭を覆うフード部分には羊の角が両サイドに銀糸で大きく刺繍されていて『神子・カイルの娘』である事を強く連想させる。ローブの下に着る同色の長いワンピースは胸元が少し大きく開かれていて、背の高いレイナードの視界には彼女の谷間がバッチリ見えてしまう。ロシェルの方を見るたびに綺麗な谷間が視界の端で自己主張し、彼は少し困った。同時に 以前見た淫夢を少し思い出してしまい、無駄に咳き込む。
「だ、大丈夫?シド」
そんな彼を心配してロシェルが側へと駆け寄った。そして彼の腕にしがみつき、体がレイナードの鎧に触れた。鎧越しでは彼女の体温や柔らかさを感じられず、彼は少しガッカリした気持ちになってしまい、そんな自分に驚いたせいで、更に激しく咳き込んでしまった。
「ははは!とんだアホだな、お主は!」
首に濃紺色をしたスカーフを巻いた白梟のサビィルが羽音もたてずに天井近くをくるくる飛びながら笑っている。同じスカーフを巻いたシュウは、ロシェルの頭の上で不思議そうな顔をしながらレイナードを見つめていた。
「だ、大丈夫だ」
喉を押さえ、少し涙ぐみながら答えた。咳払いをし、色々誤魔化すように背筋を正す。『では、行こうか』とレイナードが言おうとした時、神殿内部に続く廊下の方から何やら賑やかな声が聞こえてきた。
「何かしら?」
物音に対し同時に気が付いたロシェルが、声のする方へ顔を向ける。同じようにレイナードもそちらに視線をやり、彼は驚きに目を見開いた。カイルとイレイラを筆頭に、神官や使用人達がゾロゾロと大所帯でやって来たのだ。
「見送りに来たの、いいでしょう?」
そう言ったのはイレイラだった。カイルに横抱きにされてニコニコと笑っている。
(足でも痛いのか?大丈夫だろうか)
心配そうな顔でレイナードが二人を見ていると、「……隙あらば父が離さないの」とロシェルが彼の頭の方へ精一杯背伸びしても全然耳元にはとどかないまま、小声で教えた。
「『少しでも近くに居たい』を、体現した夫婦なのよ」
「生活しづらくないのか⁈」
子供が内緒話をするように、二人で顔を寄せ合って言葉を交わす。
「確かに。母さんは少し大変そうね。父さんは……見ての通りよ」
苦笑いしながらロシェルが両親の方を見やる。その先では、カイルが幸せそうな顔でイレイラの頭に頬擦りし続けていた。
「ははは……」と、レイナードが乾いた笑い声をあげた。
「『両親みたいな夫婦』は色々難しいだろうけど、でも、いつかはあんなふうに深く愛し合う夫婦にはなりたいわ」
「……夫婦」
そうだった、ロシェルはいずれ数ある縁談から結婚相手を選ばねばならない事を今少しだけ忘れていたレイナードがその事実を思い出し、一気に複雑な心境になった。——でも、そんな事を思ってしまう理由がわからぬまま、レイナードはカイル達を見つめる。
「いいよな……」
ボソッと出た呟きは、紛れも無い本心だ。互いに愛し合う夫婦の姿はまさにレイナードの理想だった。だが、『いつか自分も』とは今の彼は思ってはいない。
(でも、ロシェルには、その憧れを叶えてもらえれば……)
彼女の隣に自分の知らぬ者が並ぶ。その様子を考えると、レイナードの顔付きが自然と険しくなった。
「気を付けて行って来てね。無茶はしないでよ?」
「わかっているわ、母さん」
ロシェルとイレイラが言葉を交わす。
「娘を頼むね、レイナード。『何か』あっても、怒ったりしないから、僕達の事は気にしないで好きにして!」
その言葉を聞き、「ちょっとカイル!」とイレイラが彼の胸をパシッと叩いた。
「あまり直球な事は言うなって言っておいたじゃないっ」
「え、この程度じゃ絶対に伝わってないって」
横抱きで距離が近い事を最大限に利用して、ロシェル達に聴こえぬ声でコソコソと内緒話を夫婦が交わす。
「そうかもしれないけど!」
何かを小声で話しあっているカイル達を不思議に思いながらロシェル達が首を傾げっていると、神官・エレーナが助け舟を出した。このままにしていては、いつまで経っても出発出来ない。
「さぁ、あまり遅くなっては大変ですわ!もう出発しませんと」
「そうだね、行ってらっしゃい二人共」と言い、 カイルが優しい笑みを浮かべて送り出す。
「行って来ます。お母様、お父様!」
「では、お預かりいたします」
ロシェルに続き、レイナードが皆に向かい軽く頭を下げる。
「お帰りをお待ちしております。お怪我の無いように」
神殿に残る者達が皆口を揃えてそう言って、頭を下げた。そんな彼等に向かい、二人とシュウが手を上げて応えながら玄関ホールを出て、外門へと向かう。
サビィルも「行って来るぞ!」と、庭で待機していた番の梟と子供達に大声で告げ、ロシェル達の後へと続いた。
大きな門から彼女達が出立する様子をじっと見ていたカイルとイレイラが言葉を交わす。
「ねぇ、あの二人、今回の旅でくっつくと思うかい?」
「どうかしら……明らかに一目惚れ同士なのに、どっちも気が付いていないものねぇ」
カイルの問いに対してイレイラがボヤき、息を吐く。
「レイナードにいたっては、どうも自分の容姿を気にして、何歩もロシェルから引いている感じがするし」
「え?そうなの?何で?」
「元の世界の美的基準が私達と違う……とか?」
うーんと唸りながら答えの出ぬ話を始めたカイル達を見て、エレーナがクスッと笑った。
「それに関しては、思い当たる事がございますわ」
そう言ったエレーナに向かい、カイルがイレイラごと体を向ける。
「セナがこの間、『同性にモテ過ぎて、過剰に守られていたのでは?』と話していましたわ」
「あー……」と声をあげる男性陣。使用人達まで『わかるわー』と言いたげに頷いている。
「まあ、ただ単に流行とは違うからではないかしら?と私は思いますけどね。レイナード様ってとっても素敵な方ですけど、特化型ですから」
「あー……」と今度は使用人も含んだ女性陣が一斉に声をあげた。
「その辺の真相は確かめ様がありませんが、あのお二人が上手くいく旅となれば良いですわね」
そう言い、話をまとめたエレーナの言葉に一同ただただ頷くばかりだった。