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翌日、樹梨ちゃんから咲に、空港まで見送りに行くから会いたい、とメッセージが入った。俺と咲は昼食も兼ねて樹梨ちゃんに会おうと、搭乗時刻の二時間前には空港にいた。

俺が空港直結のホテルのレストランを予約しようとしたら、咲に止められてしまった。

『ランチくらい私が出す』と言って、咲は空港内の洋食店を選んだ。

北海道産の牛肉を使った女性に人気のヘルシーなハンバーグが美味しいらしい。

一昨日は日高さんに支えられるようにして帰っていった樹梨ちゃんが笑顔で店に入ってきて、咲もホッとしたようだった。

「時間を取らせちゃってごめんね」と樹梨ちゃんが言った。

俺は日高さんと挨拶を交わして、それぞれ注文をした。

「つけてくれたんだ」

樹梨ちゃんが自分の腕のブレスレットを見せた。

「うん。ありがとう……」

咲もまた手首を軽く振って、ブレスレットを見せた。

今日、咲は指輪をはめていない。

ホテルを出る時から気が付いていたが、俺は何も言わなかった。それを、咲も気が付いているようだった。

あえて、樹梨ちゃんに見せる必要はないと、判断したのだろう。

そして、樹梨ちゃんの左手の薬指には、一昨日はなかった婚約指輪らしい指輪がはめられていた。

指輪の金額が愛情の重さというわけではないが、今日は咲が指輪を外していて良かったのだろうと思った。

「咲、この前も言ったけど、もう私の心配はしないでね」

食事中、樹梨ちゃんが言った。

「う……ん」

少し気まずそうに、咲が返事をする。

「咲、私が日高さんと結婚したいって思ったの。私が……決めたの。だから――」

俺は樹梨ちゃんの言葉の意味が分からなかった。

「うん」

今度は、納得したように咲が力強く頷いた。

「咲さんと同じようにとはいきませんが、僕なりに樹梨を大切にしていきます」

日高さんが言った。

「樹梨をお願いします」

「あ、そうだ! 私たち近々東京に行こうと思ってるの」と、樹梨ちゃんが言った。

「そうなの?」

「うん。最近はこうして人の多い場所にも出かけられるようになったから」

「来るときは連絡して?」と、咲が嬉しそうに言った。

「うん」

俺は時計を見て、咲に目配せした。搭乗開始の三十分前。

「じゃあ、私たちはそろそろ行くね」

俺と咲と同時に、樹梨ちゃんと日高さんも立ち上がった。

テーブルに置かれた伝票を取ろうとした咲より先に、日高さんが手を伸ばした。

「ここはご馳走させてください」

「でも……」

「一年前のお礼にもなりませんが……」

日高さんの言葉に、咲が驚いた顔を見せた。

「やっぱり、咲だったね」

「え……」

「あなたのお陰で何とか会社も軌道に乗りました。ありがとうございました」と、日高さんが深々と咲に頭を下げた。

「そんな……」

「ありがとう、咲。あ、これはお土産。真さんの分もあるから」

樹梨ちゃんが持って来た紙袋を咲に手渡す。

「ありがとう」

「気を付けてね!」

樹梨ちゃんの子供みたいな満面の笑顔に見送られて、俺たちは北海道を後にした。

「なぁ、また二人で旅行しよう」

俺は咲の肩に頭を乗せて、言った。

着陸まで十五分だと機内アナウンスが流れ、明日からまた仕事だと思うと、咲との時間が惜しくなった。

「どうしたの?」

咲が窓の外を見たまま、聞いた。

「現実逃避?」

「そうね……」

樹梨ちゃんと別れてから、咲は何か考え込んでいた。

多分、俺のことだ。

今日は自分のマンションに帰るつもりだ。一人のベッドで咲の浮かない表情の理由を考え始めると眠れなくなりそうで、俺はあえて地雷を踏むことにした。

「樹梨ちゃんが日高さんを連れてくること、知ってたのか?」

「え?」

「ホテルであった時、日高さんを見ても驚いてなかったから……」

俺は咲の手に自分の手を重ねた。

「ああ……。来ることは知らなかったけど、樹梨の上司で恋人ってことは知ってた」

「日高さんが言っていた、『一年前のお礼』って?」

「一年前、日高さんの会社が不渡りを出しそうになった時、私が手を回して業務提携で乗り切ったの。私の名前は出てないはずだけど、タイミング的に私が樹梨から仕事の話を聞いた直後だったし、日高さんの会社に好条件での提携だったから、気が付いたんでしょう」

「なるほどね……」


咲には、あとどのくらい俺に秘密があるのだろう……。


庶務課の平社員と思いきや、スパイ顔負けの極秘戦略課の課長だった。

過去に囚われて蹲る弱い女かと思いきや、親友を守るために犯罪に手を染める覚悟を持つ女だった。

情報操作に長けているだけかと思いきや、親友の恋人の会社を救える伝手を持っている。


俺の知らない『成瀬咲』が、あと何人いるのだろう……。

俺の知らない『成瀬咲』の顔を、いくつ見せてもらえるのだろう……。


「蒼……、千鶴のお墓の前で私が言ったこと、覚えてる?」

『私が蒼の邪魔になる時が来たら迷わず手を離してね』

「さぁ、なんだっけ」

「あれ、本気よ」と咲は俺の手を握り返して言った。

それでも、俺の方を見ようとはしない。

「私は犯罪者よ。十二年前のネット犯罪から始まって、今も露見したら糾弾されるような行為をしてる。樹梨は私に守られてたって言ったけど、ずっと監視してたの。樹梨のカウンセラーや参加するグループセラピーのメンバー、ネット講座の講師の身元調査をして、樹梨のそばに置いておきたくない人間は排除してきた。日高さんのことも、樹梨が働きだしてすぐに調査したの。違法な手段で――」

「咲」

機体の高度が下がっていく。

「ごめん、耳鳴りがしてよく聞こえない」

俺は言った。

「蒼……忘れないで」

「俺が言ったことも、忘れるなよ」

『愛してるよ、咲』

俺は咲の左手をグイっと引き寄せ、薬指にキスをした。

それでも、咲は俺を見ようとはしない。

彼女の肩が震えているように感じた。

『その時』なんて、ない。


俺が咲を手放す時なんて、ない――。


『もう私からは手を離せない』と、咲は言った。ならば、俺が咲の手を放さなければいい。

どれほどの秘密を抱えていようと、どれほどの顔を隠していようとも、咲が俺を求めて喘ぐ限り、俺は咲に欲情するだろう。

車輪が羽田の滑走路にキスをして、俺は咲の左手の薬指にもう一度キスをした。


俺は、咲との未来を諦めない――。

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